25、秘密

 正直な話、なんとなく予想はしていた。もしも一回目の時からメイドさん達に尾行されていたのなら、そのお膳立てが出来るのはレイナしかいない。


「……どういうことか、もっと詳しく説明してくれ」


 努めていつもと同じように話したつもりだった。けど、からからに乾いた喉から漏れた声は掠れてた。


「ぼ、ボク、アキサマが心配で……ボク一人で護り切れるか、自信が無くて……だからヘンリエッタさんに相談を……」

「そこで、わたくし共の方で折衷案を考えました。豊穣神様は護衛無しでの散策に興味をお持ちのご様子。ならばせめて夕刻までは影ながらメイドに護衛させれば安全面で問題はない、と判断し、このような形で豊穣神様をお護りしておりました」


 淡々とした語り口のヘンリエッタさん。言い分は分かる。


 1人での外出は許さない。外出するなら、メイドを護衛で付ける。


 だから俺は今日、メイドを護衛で付けていた上での外出を許された。表立って護衛するか、秘密裏に護衛するか。それを護衛される側が知っているか、そうじゃないか。その違いがあるだけだ。


「はは……結局、掌の上だったことに変わりはないのか」


 俺はただ、ちょっとだけの〝自由〟が欲しかっただけ。この異世界に召喚される前までは当たり前のように持っていた〝自由〟を。


 なのに何で、いちいち事が大きくなってしまうんだろう。俺が豊穣神だから? 豊穣神になりたかったわけでも、この異世界に来たくて来たわけでもないのに?


 じゃあ、俺を召喚したレイナや俺の自由を制限するヘンリエッタさんが悪いのか? いや、違う。違うはずだ。この世界の人達を責めるのは、イヤだ。


 レーヴェスホルンの抱える事情と、それを解消する豊穣神の存在。そして、俺を豊穣神として大切に扱ってくれる人達と、俺自身が求める〝自由〟。


(……何なんだよ、ちくしょう)


 俺が好き勝手やったら、最悪この国は滅ぶ。そんなの、実感が湧くわけがないだろう。俺は、人間なんだから。


 いっそ、溜まりに溜まった鬱憤をこの場で叫び散らしでもすれば、気は晴れるのだろうか。見回すと、レイナも、ヘンリエッタさんも、たくさんのメイドさん達も、誰もが固唾をのんで俺の言葉を待っていた。


 俺は深く深く息を吸い込み、


「……今日はもう戻るよ。何回も手間を掛けさせてすみませんでした、ヘンリエッタさん」


 ゆっくりと吐き出しながら、俺は力なく言った。


 自分一人の為だけに節操なく叫び散らすなんて、そんなのは神様どころか人間のクソガキがする事じゃねぇか。


「宮殿まで、お願いします」

「……かしこまりました」


 慇懃に腰を折ったヘンリエッタさんは、メイドさん達に何やらてきぱきと指示を出し始めた。こういう時の彼女はホントに何を考えているのか分からない。ただただ、メイド長としての仕事を的確にこなすのみ。


「アキ、サマ……」


 対して、豊穣の巫女たるレイナは分かりやすい。小動物か、ってくらいにしゅんと項垂れ、申し訳なさそうに俺を見ている。


 違うだろう、レイナ。俺がお前を巻き込んだんだ。巻き込まれたお前がどうしてそんな顔をするんだ。


 胸の内から湧き上がる申し訳ないと言う感情が、俺の顔を無理やり笑わせた。


「ごめん、レイナ。色々気を遣わせて」


 俺が謝るとは思っていなかったのか、唖然とした表情のレイナ。


「もう、無理を言ったりしない。ホント、ごめんな」

「あ…………」


 俺は彼女の言葉を待たずに歩き出した。今にも泣きだしそうな顔を、見ていられなかったから。


 聞き慣れた足音は、俺を追ってこない。血のように赤く染まる夕日に目を眇めながら、俺はいつもより早足で歩き続ける。

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