33、豊穣の巫女
(何だ、このマナの量は……?)
彼女は言った。マナの扱いが人より上手だと。だから豊穣の巫女になったと。
ヘンリエッタさんの言う〝マナに愛されている〟。確かに、今の彼女を見るとそう表現するしかない。これはもう、異常だ。
マナは基本的に目に見えず、触れられない。空気のようなもの。俺はそれを目で見る事が出来るだけ。
なのに、何だこの圧迫感は。マナと言う名の綿に全身を絡めとられているかのように、体が上手く動かせない。
それは獣人達も同じらしく、豊穣の巫女が現れたにもかかわらず、闘いも逃げ出しもしない。ただただ、この異様な空気に呑み込まれていた。
「……来て、くれたのか。レイナ」
「………」
レイナは何も言わない。ただ俺の顔をじっと見つめながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「どわっ!?」
そして、俺に飛びついてきた。彼女の豊満な体の感触を楽しむ暇すらなく、俺はそのまま倒れこんだ。
「れ、レイナ……?」
「……ご無事で、良かったです……!」
レイナは俺の胸に顔をうずめ、泣きじゃくりながら絞り出すように言った。
それだけで、分かる。彼女が俺の事をどれだけ心配し、どんな思いでここまで来てくれたのかが。
俺は思わず、レイナを強く抱きしめていた。伝わる体温、早くなっていく心臓の鼓動。あぁ、レイナってこんなにちっちゃかったんだな。
……柄にもない事をしてるのは、一応頭では分かってたんだけど、な。人間、理性で止められない時ってのはあるもんだ、うん。
「ありがとな、レイナ。……俺のマナ、感じ取ってくれたんだって? 嬉しいよ」
「そんなの、当たり前です……ボクはいつだって、アキサマの事しか考えてないんですから……!」
「そっか」
やべぇな、嬉しすぎるぞこれ。
最初の頃は、前のめり過ぎるレイナのアプローチに少し引いた。
名前で呼び合い始めた頃から、彼女がいない一日に物足りなさを感じ始めた。
最近になってからは、ずっと一緒にいてくれればいいのに、なんて考える事すらあった。
「なぁ、レイナ」
「はい……何、ですか?」
「好きだ」
泣いていたレイナが、顔を上げる。涙交じりの瞳をぱちくりとさせ、俺を凝視していた。
「……えと、その、すみません。もう一度、言ってもらえますか……?」
「何度でも言うぞ。俺はレイナが好きだ」
「はぅっ!?」
神秘的な雰囲気はなりを潜め、慌てふためくレイナ。はは、やっぱりレイナはこの感じの方が可愛いな。
こんなムードもクソもない、俺が攫われる攫われないの修羅場で言うべき事じゃないのは分かってるさ。
けどまぁ、いいじゃねぇか。こういう時に言った方が、信じてもらえるだろ。
「ぼ、ボクも……」
俺の告白に何度か深呼吸をして気持ちを落ち着かせたレイナが、意を決したように口を開く。
「ボクも、アキサマの事が好きです。アキサマに初めてお会いした時から、あなたの事が大好きです…………愛してるんです!」
「…………」
真っ赤な顔でそんな事を言うレイナ。俺は言葉を失ってしまった。
「え、え、あの……? あ、アキサマ……もしかして引いちゃい、ました……?」
レイナが恐る恐る問うてくる。俺は慌てて首を振った。
「あぁ、いやそうじゃない。勿論嬉しいんだけど……こうも軽々と超えていかれるとちょっと悔しいな、って」
「???」
大好きどころか愛してる、だってさ。俺の告白がすげぇガキっぽく聞こえてくるじゃねぇか。
ったく、敵わねぇなぁレイナには。
「……あれ? アキサマ、もしかして、お怪我をされているんですか……?」
と、レイナが俺の腕を見ながら言う。そこには無数の擦り傷があった。さっき獣人に取り押さえられた時のモノだろう。
「ん? あぁ、あいつらとちょっとやり合ったときにな」
「……アキサマと、やり合う……? ボク達の……ボクのアキサマに、傷を……」
……おや? なんかさっきの巫女モードが復活し始めたぞ?
ぷつっ、と何かがキレるような音が聞こえたような気もする。あれ、これって何かヤバくないか……?
「くっ、みんな動け! 呑まれるな!」
レイナの異変を見て取ってか、獣人のリーダーが叱咤するように号令をかけた。
「作戦は失敗だ、ひとまず撤退する! ショコラ、転移の」
「今やってるから黙って!」
と、レイナの乱入で時が止まったかのように立ち尽くしていた獣人達が、にわかに動き出す。
ヘンリエッタさんもリオネスさんも、動かない。ただただ、獣人達の動きをぼんやり見やっている。もしかして、見逃すつもりなのか……?
「……よし、最低限マナを練れた! 一番近くの門まで跳ぶよ……転移!」
ショコラの焦燥に駆られた早口で紡がれた転移の魔法が、獣人達を次々と光で包んでいく。何度も見た転移の光景だ。
光が晴れれば、もうそこには誰もいない……はずだった。
「え!? 嘘!」
だが、誰一人として転移できていなかった。初めての事なのだろう。彼らの焦りが加速していく。
「ショコラ、どうなっているんだ!?」
「これは……辺りのマナが濃密過ぎて、私のマナが門まで届いてない! これじゃあ術式が完成したって、どこにも飛べない!」
「んだとぉ……? おい、それってどうにかならないのかよ!」
「無理よ、こんなの! そもそも、こんなに濃いマナを見たのなんて初めてで」
「キミ達さぁ」
パニックに陥っている獣人達がぴたりと言葉を止める。
そして、俺も怖気を感じて身震いした。俺の腕の中にいる彼女の冷え切った声と、その表情に。
豊穣の巫女は獣人達をちらと見やる。
「どうして、生きて帰れるだなんて思ってるの?」
極限まで透き通った、無色透明の
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