34、マナの化身

 マナの密度が膨れ上がっていく。いや、それはもはやマナという単純な言葉で片づけていいモノだろうか。大気が震え、大地も鳴動し……まるでこの世界そのものが怒りに震えているかのよう。


「アキサマ、後ろにいてください」


 俺から離れたレイナが獣人達と相対する。俺には今のレイナの表情が分からないが、獣人達の絶望に染まった表情を見れば大体察しがついた。


「アキサマに害をなす賊に、マナの裁きを……我、レイナの名に於いて、禁じられしまじないの戒めを解き放たん」


 これは……禁呪か! 獣人達のパニックが加速する。


「灼熱の軌跡は凶兆の調べ。煉獄のかいなに抱かれ、十重二十重とえはたえの紅き安らぎに魂を焦がせよ」

「これは、さっきの……リーダー!」

「分かってるさ!」


 ショコラの声に応えた獣人のリーダーは、素早く弓を構えて照準をレイナに合わせた。さっきそれで俺の禁呪を阻止できたからだろう。


「ちっ……!」


 俺は狙撃からレイナを護るべく、彼女の前に躍り出ようとした。が、ヘンリエッタさんに肩を掴まれて動けない。


「おい、離せ! レイナが危ないだろうが!」

「豊穣神様。豊穣の巫女は、けして死にません」


 俺を諭すわけでもなく、ただただ事実を述べるような語調。どういう意味だ、と問いただそうとしたその時、ばしゅっ! と矢が撃ち出される音が響いた。


 それは勢いよく、まっすぐにレイナに襲い掛かる。素人目に見ても明らかに当たる……、


「は……?」


 かと思いきや、矢はレイナの1メートル程手前で不自然に減速し、ぽとりと地面に落ちた。何に当たったわけでもないし、レイナが魔法で防いだようにも見えない。


「……どういう事だ?」

「見たまま、ですよ。大いなるマナが、彼女を死なせるはずがありません」


 ……確かに、矢はレイナの周りに充満するマナに接触してから減速したようにも見えた。けど、マナはそのままの状態では何物にも干渉できないはず。


 レイナの扱うマナが特殊なのか……いや、そもそもマナってのは、魔力、なんて言葉で代替できるような単純な代物じゃないのか。


「ちぃぃ……おいてめぇらぁ、得物を握れぇ! 矢でダメなら、直接叩き込んでやるぜぇ!」


 ガトーの号令で、獣人がレイナに押し寄せる。が、やはりガトー達の得物はまったく彼女に届かない。マナと言う圧倒的な盾に全て阻まれているように見えた。


「燃え散らせ。焼き尽くせ。かそけき希望の種子すら、跡形もなく」


 レイナの詠唱にも全く澱みがない。いくら攻撃が届いていないとはいえ、獣人が10人以上、目の前で得物を振り回しているのに、一切動じていない。


 その姿は恐れ多く、そして何より美しい。あれが、豊穣の巫女なんだ。


「いざ、破滅の産声をここに……紅蓮流星メテオラ!」


 詠唱が完成すると同時に降ってきたのは……まさしく、隕石。


 でかい隕石が一つ降ってくるんじゃなく、小さな隕石が次々と降ってくる。その一つ一つが獣人達に狙いを定めているようだ。


「っ、全員、死ぬ気で避けろぉぉぉぉ!!」


 リーダーの号令が、地面に隕石が衝突する音で掻き消される。


 抗う術などあるはずもなく、ただただ逃げる事だけに全力を捧げる獣人達。まさしく、蹂躙だ。ちょっと可哀想になってくる。


 そして、禁呪が発動して約1分。隕石がようやく止んだ時、辺りは地獄絵図と化していた。


 遺跡は跡形もなく吹き飛び、草原も隕石が生んだクレーターで焼け野原同然。

教本を見た時、あぁ隕石を降らすんだな、と勝手に納得したつもりでいたが、実際に見ると全く迫力が違うな……。


「ぐっぅ……!」


 と、クレーターの中から獣人達の呻き声が聞こえる。今のを喰らって生きてるのか。探知サーチの魔法で調べてみると……マジか、全員生きてるじゃねぇか。


 さすがに無傷じゃないようだが……獣人の身体能力のおかげでどうにか直撃を避けたのだろうか。


 けどまぁ、これ以上闘うのは不可能だろう。決着が付いた事に安堵した俺は胸を撫で下ろして


「我、レイナの名に於いて禁じられし呪の戒めを解き放たん」

「……はっ!?」


 どうして禁呪の2発目がスタンバってるんでしょうかレイナさん!


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