3、冒険者ギルド

 さて、やって来ました冒険者ギルド。……うん、まぁ、殺風景だな、が中に入っての第一印象。


 こういうのって、たくさんの情報が舞い込む賑やかな場所、ってイメージがあったから、自然と酒場みたいな建物を想像してたんだけど、大分違った。


 一言で言えば、市役所の一角、みたいな? カウンターの向こうに座るメガネを掛けたお姉さんは、中に入った俺達を見るや否や、満面の笑みを浮かべた。


「いらっしゃいませ、冒険者ギルドへ! 本日はどのようなご用向きでしょうか?」


 うぉぉ、すげぇきっちりしてる。変なトラブルに巻き込まれるよりいいけど、なんか元の世界にいた時とそこまで変わらないから妙な感じだ。


 ていうか、さっきからこの世界の人、普通に日本語喋ってるな。この異世界では日本語が共通語、なんて都合のいい事はさすがにないだろうし、それならどうして……いや、考えても時間の無駄だな。


 言葉が通じなかったら俺はきっと、途方に暮れてただろう。だから、今の俺はラッキー。これくらいポジティブでいいじゃねぇか。


「ちょいと聞きたいんだけどなぁ、依頼って何か入ってるかい?」

「ありません! 当ギルドは、設立から今現在に至るまで、1つたりとも依頼が舞い込んだ事はありませんので!」


 それでいいのか冒険者ギルド。何となく苦笑が漏れる。


「ま、だろうね。依頼の件はいいから、この子を冒険者に登録して欲しいんだけど」

「新規登録ですか? 分かりました、どうぞこちらへ!」


 元気のいいお姉さんだ。俺は獣人2人に背中を押されて歩き出す。


 ちら、と辺りを窺うと、さほど広くはない建物ではあるが、他にも人がいた。カウンターのお姉さんは制服っぽい服を着ているが、彼らは思い思いの服に身を包んでいる。多分冒険者だろう。


 依頼がないってのに何でここに留まってるんだろう。それとも、ただ単に神都の住人ってだけか? いや、今の俺には想像もつかない特別な理由があってもおかしくはない。異世界なんだから。


 うん、やっぱり冒険者になったらまずは色々と情報収集をしつつ金を稼ごう。そう決心を固めた俺は、カウンター前の椅子に腰を落とした。


「それでは、こちらにお名前をご記入下さい!」

「はぁ……えっと、名前だけでいいんですか?」

「はい! 最終的に頼りになるのは運と実力だけ、というのが冒険者ギルドの信条ですから。細かい個人情報なんてどーでもいいんです!」


 分かりやすいけど、ドライな信条だな。言い換えれば、死ぬも生きるもてめぇ次第、って事か。


 俺みたいな出自不明にせざるを得ない人間からすればありがたい話だ。俺は受け取った用紙に、筆ペンっぽい何かで名前を書き込んでいく。


「これでよし、と……」


 用紙の上に整然と並ぶ『七房ななふさ 朱希あき』の4文字。昔から、こういう格式ばった場面で名前を書く時にはホンキを出すタイプだ。筆ペンっぽい何かにちょっと癖があって苦戦したが、満足な出来で書けた。


「あの、すみません」

「あ、書けましたか……、……」


 用紙を覗き込んだお姉さんが固まってしまう。どうしたんだろう? もしかして読めなかったのかな? 七房、はともかく、朱希は確かに初めて見る人には読みにくいだろうし。


 慌てて読み仮名を書こうとした俺だったけど、カルタかよ、ってレベルの速さでお姉さんが用紙をひったくってしまった。食い入るように見つめるその姿に、俺は自分の勘違いにようやく気付く。


「お、お客様……この文字は、一体……」


 あ……そうか。日本語が通じるからって、漢字が読めるとは限らねぇよな。


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