5、豊穣神
よし、整理しよう。
俺はなんか知らんが異世界っぽいとこに飛ばされた。じゃあ冒険者として頑張ってみるか、と意気込んでたところに巫女とやらに豊穣神呼ばわりされた。
うん、分からん。
「えっと、豊穣神……って、なんの冗談ですか?」
豊穣神ってのは神様なわけだし、神都に住んでるっていうアレの事を指してるはずだ。って事は、確実に俺はそうじゃないだろ。さっきここに来たばっかだし、そもそも純度100%の人間だし……人間だよな?
「ですから、あなたは豊穣神サマなのです!」
断言された。なんだろう、俺の方がおかしいのか? なぁ。
気が付けば、ギルドの中がざわついている。普通じゃない方法で乱入してきた巫女、その子が当然のように豊穣神と呼んだ俺。俺達2人を遠巻きに見やるばかりで、口を挟んでくるようなヤツは1人もいない。
と、巫女の女の子が土下座のまま声に力を込めた。
「ボク、豊穣の巫女として豊穣神サマにお仕えする事になります、レイナっていいます! 豊穣神サマのお名前は何というのでしょうか!」
「な、七房朱希、ですけど」
勢いに押されてつい答えてしまった。巫女――レイナさんは噛み締めるように俺の名を繰り返した。
「ナナフサアキ……ナナフサ、アキ……アキサマ、ですね! という事は豊穣神アキサマ……豊穣神アキサマ……? いえ、豊穣神サマを名前で呼ぶなんて不敬の極みです。なのでボク、これから豊穣神サマと呼ばせてもらいますね!」
じゃあなんだったんだよ、この自己紹介のやり取り。元に戻っただけじゃん。
「えっと、とりあえず顔を上げてください」
「お気遣い、ありがとうございます! ……えへへ、豊穣神サマのお顔をしっかり見る事が出来て感激です!」
「そ、そうですか……あの、土下座もやめてくれません?」
「いえ、そういうわけには! 豊穣神サマの前で、不敬です!」
「いや、不敬とかじゃなくて……」
あぁもう、やけくそだ。
「じゃあ豊穣神命令です。立ってください、えぇと……レイナさん」
「ほ、豊穣神サマがボクの名前を……っ! ボク、豊穣神サマに全てを捧げます! 豊穣神サマになら何されてもいいです!!」
今、年頃の女の子が絶対に言っちゃいけない言葉を聞いた気がするけど、気のせいだ気のせい。ともあれ、命令が効いたのか彼女は土下座を止めて立ち上がった。
うん、この子は多分すげぇ純粋な子なんだろうけど、純粋過ぎてすげぇ疲れる。でも、豊穣神云々の話が片付いていない以上、訊かなければならない事がたくさんあるわけで。
「あの……すみませんけど、ホントに訳が分かりません。もっとちゃんと説明してくれませんか?」
「あっ、ボクってば豊穣神サマのお気持ちも考えずにペラペラと! 豊穣の巫女たるもの、いかなる時も豊穣神サマの為に行動しないと!」
う~ん、この子はホントいちいち大袈裟だなぁ。ちょっと心配になってくるレベルだ。
「いや、そこは別に気にしなくていいんで、まずは説明を……」
「あ、はい、お任せください! えっと、それなら宮殿でゆっくりと話をした方がいいよね……よし! それじゃあ豊穣神サマ、今から豊穣神サマのお住まいにご案内いたしますね!」
「え、いや、だからお住まいとかじゃなくて」
いきますね~! と、無駄に元気なレイナさんが気合を入れるように拳を握り締め、
「
と声を張るや否や、俺と彼女の体が光に包まれて体からふっと力が抜ける。
この異世界に飛ばされた時と同じその感覚。俺は心の中で深く溜息。
(……俺は冒険者になろうと思っただけなんだけどなぁ)
なんとなくだけど、〝自由〟から全力ダッシュで遠のいている気がする。何でだ。
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