1、回想? いえ、現実逃避です

 ――――――気が付けば、俺はだだっ広い草原に大の字で寝ていた。


「……はぁ?」


 真っ先に出たのはそんな間の抜けた声。むくりと体を起こし、ゆっくりと辺りを見回す。


 ホント、見渡す限り、って感じだ。アレだ、モンゴルの草原的な。


 その中に石、いや瓦礫か? それ系のオブジェが積み重なって出来たような、遺跡みたいな建物もあるけど……モンゴルにこんな遺跡なんてあんのかな? 残念ながら俺の専攻は日本史、門外漢だ。


 つまるところ、わけが分からん……とその時、俺は直感した。


「ここ、まさか異世界か……?」


 うん、我ながら突飛な事をほざきおる。が、全く根拠がないわけじゃない。


 まず、匂いや温度、風の肌触り……一言で言えば、空気感がおかしい。ここが仮にモンゴルだとすれば、そりゃあ多少は空気感も違ってくるだろうけど、そうじゃない。何と言うか、異質、みたいな?


 そもそも俺は、さっきまで学校に……高校にいた。一日の授業が終わり、掃除も終えてさぁ帰ろう、ってなった時に、ふっと体が浮き上がる感覚を覚えたんだ。


 全身を包む光、どこかへ吸い込まれていく俺……うん、ちょっとずつ思い出してきた。やっぱ、アレはどう考えても普通じゃない。


 俺は今学生服を着ている。夏場だったのでブレザー無しのカッターシャツとパンツ。傍らには通学用の学校指定のカバン。下校寸前の状態のままここに運ばれてきた、と考えるのが自然だ。


 けどまぁ、それだけでここが異世界だっていう証明は出来ないだろうけどさ。かと言って、可能性が全くないわけじゃ


「ようボウズ。なぁにこんな何もねぇとこで座り込んでんだぁ?」


 物思いに沈む俺の頭上から降ってくる声。反射的にそちらを見た。


 ……あぁ、異世界で決定だな、ここ。


「ん? なんだぁ、妙なモンを見るような目ぇしてよぉ」

「あんたが不躾に声を掛けるから警戒させちゃったんでしょうが。えっと、ごめんね? もしかしたらどこか怪我したのかな、と思って声を掛けただけだから、警戒しないで?」


 すみません。警戒とかじゃなくて、そちらが言うように〝妙なモン〟を見て思考がフリーズしちゃっただけです。


 顔立ちからして20歳前後に見える男と女の頭には、ネコの耳っぽいなにかが引っ付いて。到底作り物に見えない生々しさでぴょこと動いた。




「へぇ、アキって言うんだ。珍しい名前」


 獣人? の2人に事情を話しながら草原を歩く。見た目は俺と違うけど、2人とも人間味あふれる感じで、ついさっき出会ったばかりの俺の言葉に真剣に耳を傾けてくれた。


 さすがに異世界うんぬんの話をするのは時期尚早だ。俺自身、まだ混乱してるし。世界を旅してる、という説明をすると、一応信じてくれた。


「しっかし、名前にも増して変わった服だなおい。どこの辺境の出だぁ?」

「へ、辺境中の辺境だから聞いても分からないと思う」


 まぁ、最悪『ニッポン』って言っておけば、やっぱ辺境だな聞いたことねぇ、で切り抜けられると思ったけど、2人はそれ以上追求しなかった。ホント良いヤツらだ。


「で、アキ。これからどうすんだ? どっか目指してるのか?」

「いや、別に目的地とかは……」


 この世界について、右も左も分からないのだ。ホント、どうしよう?


 当てのない旅、という意味では2人も似たようなものらしい。聞けば彼らは〝冒険者〟という職で、各地の冒険者ギルドを転々としているようだ。


「人間族の1人旅でしょ? しかもその軽装で、見た感じ闘いが出来そうでもない。よく今まで無事で済んだな、っていうのが正直な感想よね」

「はは……まぁ、生まれつき運が良くて」


 ついさっきこの異世界に来たばかりなもんでね。本音は心の奥で飲み込む。


 けど、冒険者、かぁ。


「……2人みたいに冒険者になる、ってのはどうかな」


 ボロっとこぼれた言葉に、2人が反応する。


「冒険者? 確かにそれはありかもなぁ。こうやって旅を続けるなら、色々と恩恵があるしよぉ」

「アキみたいに闘う力がなくても、何かしらの一芸があれば稼げるしね。魔物とか盗賊から身を護る手段もお金があればいくらでも確保できるはずよ」


 肯定的な意見に、俺は密かに胸を撫で下ろした。


 俺が何らかの要因で異世界に来てしまったのなら、元の世界に帰る方法を探すというのも選択肢の1つだとは思う。だけど、俺が冒険者を目指すのはその方法を探すためじゃない。


 だって、そんな方法があるかどうかも分からないし、そもそも元の世界に積極的に戻りたい理由がねぇし。


 両親は事故で死に、引き取ってくれた伯父夫婦とは、毛嫌いとまではいかないまでも関係がぎくしゃくしている。学校で特に友達もいなく、とっとと高校を卒業して働いて自由に生きてやる、と思っていたところで目の前には異世界。


 冒険者は、〝自由〟の象徴。少なくとも、2人の旅の話を聞いた限りではそう思えた。


 なら、この異世界で冒険者として生きていくのは十分アリじゃないか? 自分の力で生きていき、力不足なら野垂れ死ぬ。うん、シンプルで分かりやすい。


「よし……俺、冒険者になってみる。どうすれば、いいかな?」

「それならまずは、冒険者ギルドに登録だぁ。ギルドはどこのギルドでもいいぜ」


「ここからなら、『神都』が近いわね」

「シント……?」


 首を傾げる俺の頭に男の方が大きな手を乗せ、ぐしゃぐしゃと髪を搔き乱してくる。痛いっす。


「おいおぉい、まさか自分が今歩いてる国の事も何も分かってなかったのかよ。しょうがねぇなぁ、人間族ってのは」

「あまり人間族と絡む機会がなかったけど、想像していたよりもズボラなのねぇ」


 すまん、この世界の人間達。俺のせいで人間全体が計画無しに動くダメ種族のレッテルを張られてしまったぜ。


 2人は腕を持ち上げ、同じ方角を指さした。そのはるか遠くに、確かに街のような何かが見える。


「『巫女と豊穣の国』レーヴェスホルン、その首都である『神住まう都』が神都よ。覚えといてね」

「この国はかなり小せぇが、住んでるヤツらはとにかく人が良いらしくてなぁ。お前みたいな変わり者の人間族も歓迎してくれるだろうぜぇ?」


 人の良さはあんた達も相当だろうに。俺は何となく笑みを浮かべながら、少しだけ早足になった。




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