ハーヴェスト! ~異世界で冒険者になりたかったのに気が付いたら神様になってた件~

虹音 ゆいが

プロローグ 

「おはようございます、豊穣神様!」

「……はい、おはようございます」


 煌びやかにも程がある広い部屋を出て一歩を踏み出す……よりも前に俺を出迎える凛とした声。

 

 俺は力なく言葉を投げて返した。眠くて頭がぼんやりしているのに加え、体全体がどうにもだるくて声に力が入らない。


「は、豊穣神ハーヴェスト様……体調が優れないように見えますが、大丈夫ですか!?」

「いや、えっと、大丈夫です。気にしな」


「もしや侍女メイド達のベッドメイクに問題が……? いえ、あるいは豊穣神様の安眠を妨げるような騒音が」

「違いますって。これはまぁ……その、色々気疲れしてるだけです」


 その気疲れの原因となっている人の1人が、今まさに俺が会話している女性、侍女メイド長であるヘンリエッタさんなのだが、口が裂けてもそんな事は言えない。


 と、ヘンリエッタさんの目がメガネの奥で妖しく光る。


「豊穣神様。気疲れしている……という事は、あなた様を疲れさせる不敬の輩がこの宮殿の中にいる、と解釈してよろしいでしょうか」

「え? あ、いえ、そういうわけでは」

「いえ、皆まで言わずともこの不肖ヘンリエッタ、全て理解いたしました。お任せください。この国を安寧に導いて下さる豊穣神様のお心を煩わせる畜生共は、わたくしが残らず討滅して御覧に入れましょう!」


 拳を強く握りしめ、そんな事を宣言するヘンリエッタさん。漫画とかだったら確実に1ページ丸々使ってでかでかと描かれるであろう迫力だ。


 ていうか、その理論だとヘンリエッタさん自身も討滅対象の1人になっちゃいますよ? 勿論あなたに自覚はないでしょうけど、軽い自殺未遂ですよ? 一昨日から何度自殺未遂をすれば気が済むんです?


 もちろん、そんな心からのぼやきも声には出さない。出したら多分、未遂が未遂じゃなくなる。間接的に殺人者になる、俺が。


「ヘンリエッタさん、俺の話を聞いて下さい」


 とりあえず、興奮してる彼女を落ち着かせないと。


「はい、拝聴させて頂きます!」

「いや、そんなに畏まられても困るんですけど」

「豊穣神様の金言、メイド長として一字一句たりとも聞き逃す訳には参りません。もしもそんな不敬を働いたとあらば、わたくしはこの場で心臓を引っ張り出して豊穣神様に捧げる所存にございます!」


 捧げないでください、対処に困ります。


 てゆーか、危ねぇよ。また自殺未遂案件だよ。この人との会話、マジで地雷多すぎるよ。足の踏み場もねぇよ。今すぐ回れ右して帰りたいよ。


「さぁ、豊穣神様! このわたくしめに何なりとお申し付けくださいませ!」


 ……いや、今回れ右して帰ったら『豊穣神様を怒らせてしまった、心臓を抉らなければ』ってなりかねない。どうして俺、他人の死亡フラグを片っ端から握らされてるんだ。勘弁してくれ。


「じゃあ、話しますけど」


 気を取り直そう。そして言葉を選べ、俺。今日こそは、言ってやるんだ。


「まず、この宮殿の人達はみんな良い人です。俺はみなさんに感謝こそすれ、迷惑を掛けられたなんて思った事は一度もありません」


 本心だ。まぁ、もうちょっと俺の話を聞いて欲しいとは思うけど。


「おお……ありがたきお言葉! みなも血涙を流して喜ぶ事でしょう」

「できれば普通の涙を流してください。……で、ここからが一番大事な事です」


 俺は細く息を吐きだし、深く息を吸う。ヘンリエッタさんが唾を飲み込むのが分かった。


「俺は豊穣神ハーヴェスト……神様なんかじゃありません。そりゃあ異世界から来た事は間違いないですけど、ただの人間です。なので、あんまり神様扱いされるのは困ると言うか……」


 届け、この思い。


「またまた、お戯れを」


 お淑やかな笑顔で全否定されました。俺の言葉は金言のはずなのに、どうして一番重要な部分だけが彼女の心に響かないのだろう。


 いやまぁ、そっちからすれば俺は神様なんだろうさ。でも、俺にとって俺は人間でしかないわけであって。


 人間であり、神様でもある。俺は今、そんな状態にある。……自分で言っててなんかわけ分かんねぇなこれ。


「豊穣神サマっ! おはようございます! 」


 と、ばたばたばた! と騒々しい足音が溌溂とした声と共に乱入してくる。


「今日も良い天気ですね! ボク、嬉しくなっちゃったから急いで豊穣神サマのとこに来ちゃいました!」


 良い天気で嬉しくなるのはまぁ分かる。何故その後に豊穣神うんぬんが出てくるのだろう?


 いや、気にするまい。彼女がこういう事を言う時、理論的な説明を求めても時間の無駄だ。


「はは……おはようございます、レイナさん」


 苦笑気味に挨拶を返す俺に、彼女――俺をこの世界に召喚した巫女、レイナは頬を赤らめながら嬉しそうに笑うのだった。



 


 はぁ、何でこんな事になったんだろうな。俺、つい3日前までただの高校生だったってのに。


 運命のいたずらってやつか? だとしたら恨むぜ神様……ってその神様が俺なんだっけか。マジで勘弁してくれよ。


 そう、3日前だ。あの時、場の雰囲気に流されてなければこんな事には――――





 


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