第5話

 実際、若く見栄えの良い女が仕掛けて来るこういう仕草に男は弱い。今まで何人もの男をこの方法で蕩けさせてきたのだろう。自分だって特殊な事情がなければコロリと落とされていたかもしれない。それほど彩音は可愛らしい。彩音自身は無自覚かもしれないが、二十三歳という若さとまだまだ世間を知らない幼さをうまく利用して人から愛されようとしている風にも見える。


 こんなに彩音を分析してしまうのは年を取ったせいなのか、自分でもよくわからない。だがそんなことはどうでもいいのだ。さっさと肝心なことを彩音に伝えて、俺も家に帰らなければならない。


 ただ帰る家があるから帰るわけではない。俺は『報告』をするために帰るのだ。家には自分の服も布団もあるが、居場所はない。だからと言って帰らないという選択肢はない。妻や娘には、俺が家に存在しているという確認だけはさせなければならない。存在報告のために家に帰る。生活や休息など二の次だ。そもそも俺にそんなことをする権利はない。それは直接言われるまでもなく、自分が一番よくわかっている。


 俺は春美に報告しなければならない。自分を守るため、娘をもう一度抱きしめるため。また目を閉じた彩音に声をかける。今度は肌には触れず、声だけで起こした。


 「あーちゃん、実はさ・・・」

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