第10話
そして私はと言いますと、不思議なことに恐怖心というものをあまり感じていない自分に気がつきました。
見るのは二度目なので、一回目のような強烈な驚きというものはありません。
しかしあんなにもおぞましいものが同じバスに乗っているというのに、怖いという感情が驚くほどにわいてきませんでした。
老婆はもちろんのこと、運転手と三人の乗客もあまりにも不可解であり、同時にあまりにも現実離れしているがために、実感と言うものが感じられなかったからでしょうか。
異様過ぎる状況であるがゆえに、私の脳がそれを現実のものとして理解し受け入れてしまうことを拒否しているからなのでしょうか。
わかりません。
私は自分自身の感情にかかわることだというのに、何ひとつわからなかったのです。
やがてバスは次のバス停で停まり、ドアが開きました。
「次、停まります」の表示もアナウンスもありません。
そして誰も降りないままバスは再び走り出し、しばらくして今度は「次、停まります」と表示がありアナウンスが流れ、そのうちにバスが停まりました。
昨日と同じように、そのバス停で腹を裂かれた老婆は降りてゆきました。
鼻をしつように突いてくる血の生々しい臭いは薄まりましたが、消えてしまったわけではありません。
老婆がこれはわしの置き土産とばかりに、バスの中に残していったのです。
バスは再び走り出し、やがて山を下りると三人の乗客が、昨日のなにもないバス停で降りてゆきました。
そしてその後、終点に着いたのです。
降りずに待っていればバスは来た路線を逆にたどり、私が本来降りるべきバス停へと向かうはずです。
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