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「きゃあああああああっ!!!」
心拍が異常な速度で走っていた。
(…っ、夢…?)
額に手のひらを添えると、暑くもないのに大量の汗をかいている。
夢であるなら良いのだが、華子の手のひらはカタカタと震えが止まらなかった。
その震えを抑えようと、右手で左手を掴んだ時だ。
バンっと勢いよく扉が開かれると、何かがゴロゴロと転がりながら、
丸まったソレからぴょこんと2つの耳が立ち、ソレはたちまち二足歩行になった。
「大丈夫ですかニャ!?」
くりっとした大きな吊り目に、小ぶりの鼻。可愛らしく頬を桃色に染める少女のミルクティ色の髪の毛からは、髪色と同じ耳が2つ生えている。
ツインテールにした頭には、黒白のヘッドドレスをつけ、真っ白なフリルのオフショルダーに、首元で結ぶ真っ黒な裾の広がるワンピースを着て、腰に真っ白なフリルのエプロンをつけている。裾は贅沢に真っ白な総レースになっており、真っ黒なニーハイソックスをはき、極め付けは厚底ローファーをあわせた猫耳少女は、心配そうに華子を覗き込んだ。
ひくりと、華子の頬がひきつる。
(…誰よ。この世界の服を提案している奴は)
レダといい、エリーゼといいどうしてこうも際どいデザインなのか。
衝撃的すぎて、震えも収まってしまった。
世にゆうメイド服というものを、身長およそ150センチほどの少女が着ていれば、ここにオタクがいるならば萌えの要素を存分に詰め込んでいる彼女に、歓喜していただろう。
もちろん華子にはオタク要素は備わっていない。
「大丈夫なのですかニャ…?」
潤んだ琥珀色の瞳が華子を見上げているが、
ピクピクと動く猫耳にさらに驚愕していて、答えるどこではなくなっている。
よく出来た耳なのか、ジッと見ていればだんだんと垂れていく。
もちろん華子にはオタク要素はない。
(え、待って、かっ可愛い…!)
ないはずなのだが、そのあまりの可愛さに思わず抱きしめたい衝動にかられる。
そのメイド服までもが、少女のために作られたもののように、可愛さを何倍にも引き上げているような気さえしてきたのだ。
これが世に言う萌えと言うやつなのか。
抱きしめたい葛藤と戦っていると、少女の目に涙が溜まってとうとう泣き出してしまった。
そこで華子は我にかえり、慌てて少女に謝ったのだった。
「改めまして。カコ様のお世話を仰せつかりました、マルス=アイザックと申しますニャ。見ての通り猫の獣人族ですニャ」
ぺこりと頭を下げたマルスの耳が、ピクピクと揺れる。
華子は寝台横に腰掛けながら、サイドテーブルに彼女が用意してくれたミルクティーを喉を鳴らして飲んだ。
泣き出したマルスに平謝りしたあと、現在に至っている。
「…猫の、獣人族……」
「そうです!得意なことは静かに歩くこと、あととっても耳が良いですニャ!」
腰に手を当てて、マルスは鼻高々に言う。
「…じゃあ、それって本物なの…?」
「それとは、耳のことですかニャ?」
華子が指差しながら聞くと、マルスがこてんと小首を傾げてから、大きく頷いた。
「もちろんですニャっ!」
答えを聞いてからの華子の行動は早かった。
そのフサフサのミルクティー色の耳を、むしり取るような勢いで掴む。
「にゃにゃんとっ!?」
マルスが驚いたように身をすくめるが、気にしない。
(本当だわ!フサフサでモフモフで、引っ張っても取れないっ!!)
揉みくちゃに撫で回していると、今まで気がつかなかったがなんと尻尾までちゃんとあるではないか。
けれどしかし、いまはぴんと真っ直ぐになって毛が逆立っている。
それから十分に堪能した華子は、やっとマルスを解放してあげた。
「…ま、満足していただけたかニャ…」
その頃にはだいぶ彼女も疲れ果てて、がっくりと肩を落としていた。
「いや、本当ごめんね!あたしの世界に獣人族なんていなかったから…。それにしても、異世界ってなんでもありなのね」
両手を合わせて謝る。
本当に驚くことがありすぎて、華子は本当にこれは現実なのか疑いたくなってくるが、2度目まで夢オチでしたなんて、さすがに疑えない。
少し渋めに入れられたミルクティーをまた口に運ぶ。
「ーー…そうでした。カコ様は異世界のお人だと、教えていただいたのでしたニャ」
揉みくちゃにされたマルスは、乱れた毛並みを綺麗に整えている。
その姿は綺麗好きな本物の猫に近い。
(…かっ、可愛い…)
また衝動にかられそうになるのを、必死で耐えながら平静を装った。
「誰に聞いたの?」
「もちろん魔王陛下ですニャ!!」
「………」
とても嬉しそうに答えてくれたマルスには申し訳ないが、華子はぜんぜん嬉しくない。
(……そうだった…。奴があそこで助け………っ!)
「どうしたのですニャ?!」
ぐしゃぐしゃに頭をかきむしりだした華子に、彼女が驚いて一歩飛び退いた。
さすが猫だけあって素早い。
かきむしるのがひと段落して、一度冷静になる。
「……、今ってあたしが気を失ってから、どれだけ時間が経ってるの?」
「まだ夕方なので、ざっと8時間くらいですニャ」
「8時間も…、」
異世界に来てからどれだけ寝るのだと、おどろいてしまう。
「じゃあ、あのあとどうなったのかわかる?」
あの惨劇のあと、華子は気を失った。しかも、嫌いな太郎の腕の中で。
(ああ!本当最悪だっ…!)
あまりにも酷い言われようだったから、恥ずかしい姿を見られてしまった。
あれを今度は
「あのあとですか?あのあとはもう本当素敵でしたニャ!」
どこか熱っぽく頬を染めるマルスに、何故だか嫌な予感しかしない。
「お姫様抱っこをした陛下が、さっそうと…」
「ちょっ!ちょっと待ってっ!お、お姫様抱っこしたの?!」
「そうですニャっ!」
「最悪だっ!!」
「何が、最悪なんだ?」
「ひえっ!」
ゾワリと耳たぶを打つ低い声が隣から聞こえて、華子の頬はひきつる。
「私はこの者と話がしたい。下がれ」
「御意」
急に現れたはずの太郎にさして驚きもせず、逆に頬を紅潮させながらマルスが寝所を後にしていく。
その後ろ姿に追従したい思いだが、それはきっと隣の魔王がさせてくれないだろう。
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