いくら図太いと言っても、これには華子も鳴り止まない心音にブルリと震えた。

生きてきて18年、銃火器とは無縁の国で育った華子にとってはなかなか受け入れられるものではない。


(…あたし本当に生きてるの?)


疑いたくなるほどに、その惨状は悲惨なものだった。


「……エリーゼがごめんなさいね。大丈夫かしら。……大丈夫じゃなさそうね」


近づいてきたレダが座り込んでいる華子を覗き込む。

放心状態におちいってる華子にそれに答えることはできそうにない。


「殺し損ねました」


心底残念そうにエリーゼは呟く。


「馬鹿言わないでちょうだい。あなたを呼んだのはこんなことさせるためじゃないのよ!」


「ああ、ですか?のほうがよろしかと思いまして」


「……あなたを呼んだわたくしが馬鹿だったわ」


「しかもこんな人間の馬の骨の仮にも義理の母親にレダ様がなられるなんて、私はだったなら許せないとこでしたよ」


「言ってる!言ってるわ!!それを最初に言って欲しかっただけなのよ!」


目の前で言い合う2人を他人事のように見ていたけれど、どうしても聞き捨てならない言葉を聞いて華子は放心状態から脱却した。


「っ!義理の母親ってなんですか?!」


「そこ?そこなの?!」


さっきまで蒼白な顔して茫然としていた華子が、まさか力強い目力で勢いを取り戻すとは思っていなかったのか、レダは驚いておののいている。


「お前のような人間風情の義理の母親になられる、この高貴なる前魔王妃様に対してなんだその態度は!魔力がからと言ってつけあがるなよ人間!!魔力が効かないなら実力行使もできるのだぞ!!」


「いや、待って!そんなよくわからないことつらつら言われてもわかりませんから!それよりも、義理の母親ってなんなんです?!あたし太郎くんのお嫁さんになんか絶対なりませんよ!!」


「そんなこととはなんだ!?そんなこととは!!お前に拒否権などあると思っているのか!!」


「あるに決まってるでしょう!?あたしは自分の家に帰るんです!!」


「お前に決定権などっ…!!」


「うるさいっ!!」


久しぶりにこんな大声を出した。

こんなに傍若無人な扱いは、太郎にもされたことはない。


あまりにも大声だったからか、エリーゼが翡翠の瞳を大きく見開いて驚いている。


最悪だ。そう思った。

ここまで閉じて閉じて、表に出さないようにしていたものが全て水の泡になって消えていく。

決壊していかのがわかった。


「…っ勝手に知らない世界に連れて来て、幼馴染は魔王だった?嫁になれ?拒否権も決定権もない?ふざけないでっ!あたしはあたしのものだっ!あんたたちの指図もまっぴらよ!あたしの人生勝手に決めないでっ!!」


今までずっとずっと頑張って来たのに、まだ足りないというのだろうか。

またこれからも全部呑み込んで、泥水でもすすれと言うのか。


下唇を痛いほど噛みしめる。

耐えきれなかったものが、こぼれ落ちるたびにどんなに自分が惨めなのか思い知る。


それまで視界にとらえられていたものが一瞬で見えなくなった。

その代わりに舌打ちが耳たぶを打つ。


「ーー…勝手に人のモノ泣かしてんじゃねぇーよ。こいつ虐めていいのは俺だけだ」


華子にとって今一番聞きたくない声だった。

けれど、同時にホッとしている自分もいた。


見られたくないものを隠してくれたからかもしれない。


「……っ、太郎くんなんて大っ嫌い」


「ああ」


そのあとどうなったかは知らない。

そのまま華子は意識を手放したのだ。

でも、大事そうに抱えてくれている彼の腕の中は、なかなか捨てたものでもない気がした。

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