3
そう、あれは本当に不覚だった。
まさか本当に次の日学校に来るとは夢にも思わなかったから、久しぶりにスカートを履いて登校したのだ。
「……ん」
いつものように朝日につられて目を覚ます。どうも長い夢を見ていたようだ。
幼馴染が魔王で、わけのわからない場所に連れて行かれて、そんなことは現実にあるわけないのに、あんまりにも太郎が役にハマっていたから、危うく現実と夢の境がわからなくなるところだった。
柔らかな
まだはっきりしない目元をこすり、いつものように顔を洗いに洗面台に向かう。
けれどいつもならすぐそこに床があるのに、なかなか床にたどり着かない。
もぞもぞしながらようやく床に足がつく。
そこでやっと覚醒した。
「……ココハドコ。ワタシハだれ」
ありがちな台詞を吐き出しながら、華子は肩をすくめて深く深くため息を吐き出した。
「夢じゃなかったか」
もう一度突きつけられた現実を、右から左に投げ捨てたいが、そうもいかない。
とりあえず華子を慰めてくれるのは、この美しい調度品たちであるのは間違いない。
(……それにしても、あたしはいつベッドに入ったの?)
異世界に来て眠れる神経の図太さを持ち合わせている自分なので、途中で起きて寝台に潜りこんだのかもしれないなと、華子は自分のことながら呆れた。
そうすると今は何時なのだろう。
大きなカーテンの隙間から漏れ出る光からするに、朝なのか昼なのか。
どっちでも良いが夜でないことは確かなようだ。
それにしてもと華子は思う。
「トイレ、行きたい」
整理的欲求その一だ。
起きてからすることと言ったらそれだろう。
整理的欲求その二はもちろん空腹を満たすこと。
昨日の昼過ぎから何も食べてないからか、お腹は凄まじく空いている。
まずはこの部屋からトイレを探すことから始めようと、華子は寝室の出口であろう扉へ向かった。
そして扉を出たまでは良かったのだ。
「ーーあら、やっと起きましたのね。待ちくたびれてよ」
「あ、すいません」
高飛車な物言いに思わず謝る。
そこにはたわわな果実を2つぶら下げた美女が、
「えっと…、どちら様でしょう」
美しい黄金の御髪は緩やかなウェーブを描き複雑に結われ、床につきそうなほど長い。吸い込まれそうな空色の瞳が瞬きをするたびにまつげが揺れる。透き通るような白い肌が唇の赤を強調させ、妖艶な美女という言葉がしっくりきた。
ぱっくりと開いたV字の襟元からは、あふれんばかりのメロンが覗き、黒いタイトなドレスは膝下ではあるが、横に大きなスリッドがあり、組まれた足のふとももが露わになっていた。
はっきり言って目のやり場に困る。
「わたくしはレダ。ターロイドの母よ」
美女ーーレダの言葉を聞きながら、華子はポカンと口を開けたまま固まった。
それはこの人が母親で驚いて固まっているわけではなく、遠く日の記憶を呼び覚まさせたからだ。
『ーーそういえば、太郎くんのお父さんとお母さんって何してるの?』
いつも不思議に思っていたことだった。
華子が(嫌々)訪ねても、決まってワルムが出迎えてくれたあの大きな邸。
あとは数人のお手伝いさんなどしか見たことが無かったための、素直な疑問だった。
『………、いねぇよ』
少しの沈黙のあとそれだけ答えてくれた太郎に、その時どれだけ最低なことを聞いてしまったのかと、華子は自分を恥じた。
少し考えればわかることだったのにと。
だから太郎が口が悪いのも捻くれているのもすべて呑み込んで、それからは少しだけ優しくしてあげるようにしたのだ。
それなのに何故だろう。
目の前には母親と名乗る人がいる。
(待って。うん、ちょっと待って)
理解がまったく追いつかない華子は、正直言って今にも叫び出したいくらいだ。
(この人が母親?ん?んん?じゃあ何、わたしはずっと騙されてなの?)
たしかに鼻筋やら、輪郭やら似ているところがある。
たしかに彼はいないと言っただけだけれど、華子が勘違いしているのは絶対気がついていたはずだ。そうすると、太郎は知っていた上で何も言わなかったということか。
「…ちなみにお父さまはご健在で?」
「失礼ねあなた。わたくしの夫は今も健在よ」
「ハハ、ですよね!すいません」
聞かなくてもわかっていたことなので、もう驚くまい。
ただ、ここまで来ると怒る気にもならないし、騙されてしまった自分にも落ち度はある。
今ごろ楽しそうに笑う奴の顔が目に浮かんで、ぐっと手のひらを握りしめた。
それと同時にお腹の中から盛大に虫がなく。
「……」
「……」
「…お腹減っているのね」
笑ってくれた方がどんなに楽だったろうか。
「……とりあえずトイレの場所を教えて下さい」
肩をすくめて、華子はポツリと呟いた。
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