香織
「ただいま…」
香織が玄関のドアを開けた瞬間「おかえり」とすごい勢いで翔太郎に抱きつかれた。
「連絡取れなかったから心配したよ!」
涙目の翔太郎に罪悪感と少しの愛しさを感じて、頭を撫でる。
「大袈裟だよ…。」
「ごめん、何にもないならよかった。もしかして水差しちゃった?」
「ううん。ごめんね、心配させちゃって。」
「気分転換になった?最近香織元気なかったからさ。」
「うん。ありがとう。」
「飲んできたでしょ?味噌汁あるよ。」
自分も忙しいのに帰りを待っていてくれる翔太郎の優しさを感じて、元彼に会ってよりによってときめいてしまったことは胸にしまっておこうと決めた。
「ありがとう、飲みたい。」
「ちなみにお酒もあるんだけど、まだ飲めそうだったら一杯どう?今日の話聞かせてよ。」
「ほんと?飲もうかな、そしたら。」
ほろ酔いで気分が良かった香織は翔太郎の些細な気遣いを素直に喜ぶことができた。翔太郎がビールを二本持ってきて、一本を開けて渡してくれる。プシュッと鳴った音が心地いい。
「じゃ、乾杯。」
缶をぶつける。先程のグラスに入ったお酒みたいにカチンとした音はならない。聞き上手な翔太郎にのせられて香織は今日の話を上機嫌で話した。オチもないつまらない話なのに翔太郎は楽しそうに聞いていた。彼とこんなにのんびりと話したのはいつぶりだろう。最近は香織がすぐに寝ていたし、翔太郎はきっと気を遣ってそれに触れなかった。よかった、私はまだちゃんと翔太郎のことが好きだ。
「翔太郎は心配性すぎるんだよ。携帯見たとき着信とかびっくりしたもん。」
香織がヘラヘラと笑いながら話す。
「そりゃあさ、元彼もくるって知ったら心配するでしょ。」
同じ調子でヘラヘラと笑いながら翔太郎は返す。香織の笑顔がひきつる。
「元彼、どんな人なの?」
「え、私それ翔太郎に言ったっけ?」
ひきつった笑顔を崩さないように、なるべく軽く聞こえるように返す。
すると翔太郎は眉毛をへの字に下げて悲しそうに笑った。
「やっぱり。」
「え?」
「同窓会っていうからいるのかなって思っただけ。」
香織は自分の体温が下がるのを感じた。
「カマかけたの?」
「そんなんじゃないよ。俺は香織のこと信用してるんだから気を遣わないで言って欲しかったっていうだけ。」
あくまで翔太郎は明るく話す。ビールを一気にぐっと飲み干すと向かい側にいた香織の後ろに回ってふわっと抱きしめた。
「香織可愛いんだもん、心配にもなるよ。」
どうしてだろう、さっき玄関で抱きつかれたときには感じた愛しさを、今は感じることができない。
翔太郎はそのまま香織にキスをしようとする。
「やだ…!」
思わず拒んだあとに悲しそうな翔太郎の顔に焦る。
「ごめん…、私今日お酒臭いと思うから…。」
「そっか。」
香織の無理のある言い訳を信じたふりをして翔太郎は笑う。香織の頭をポンポンと二回たたいてそのまま空になったビールの缶とお皿を台所に持っていった。
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