香織

「久しぶりーっていってもあんまり久しぶりな感じしないね。」

「香織は本当に久しぶりじゃない?結婚してからなかなか会えなかったもんね。」


誘ってくれた葵と絵美里は大学時代よくつるんでいた2人だった。サークルはオーラン、いわゆる飲みサーで、香織の参加頻度は適当で顔を知らない人もいた。


彼の姿をこっそり探してみると、入り口のあたりで囲まれていた。葵と絵美里が視線の先に気づくとにやにや笑って彼を呼んだ。


「吉永くーん!」


2人の声に気がついた彼はひらひらと手を振りながらこちらにきて香織の隣に座った。


「かおちゃーん!久しぶり!」

「髪の毛…」

「第一声がそれ?」


彼は吉永弘文といい、香織の元彼だった。付き合っていた当時は襟足の長いミルクティー色の髪の毛で耳にはピアスもいっぱい空いていたのに、数年ぶりに会った彼はさっぱりとした黒髪になっていた。


「なんか、大人になったね吉永くん。」


しみじみという香織たちに、「もう31だからね。」と何故か彼もしみじみとした様子で答えた。


「かおちゃんは綺麗になったね。かおちゃんなんて気軽に呼べないかんじ?」


ふざけた調子で髪の毛を撫でる。彼の指からあの頃と変わらない煙草のにおいがしてドキッとした。


「見た目は大人になったけど中身はチャラいまんまだね。」


ドキドキしていることを悟られないように、香織はわざとらしく怒ったふりをしてみせる。


「ひっどいなー。」


彼はヘラヘラと笑っていた。


彼は同期だったが年齢は1つ上で、第一印象は優しくて狡くてチャラくて甘い匂いのしそうなお兄さんだった。一見近寄りがたいように見えるのに、彼は人の懐に入るのが上手でいつも人に囲まれていた。付き合ってからもずっと優しくて楽しかった記憶しか思い出せなかった。現に今も、楽しみさと同じくらい気まずさを感じていたはずだったのにいつのまにか居心地よく話している。


「あれ、なんで私たちって別れちゃったんだっけ。」


素朴な疑問をぶつけた後、今のは無神経だったかなと後悔をする。


「覚えてない?」

「うーん…。」


考える香織を見ながら彼はニコニコ笑っていた。


「いやいや!吉永くんの浮気ね!」


隣で葵が突っ込んだことで香織も思い出す。


「あっ!そうだ!サイテー!」

「あらら、思い出しちゃった?残念。もう一回口説こうかなって思ってたのに。」


そういえばそうだったのだ。彼は優しくていいやつだったが、女癖は最悪だった。香織にとっては初めての相手だったのだが、サークルの女は全員姉妹だなんて噂もあったし、「優しくていいやつ」だったのは香織にだけではなかった。


「そうだ。あー思い出したらイライラしてきた。」

「ごめんって!愛してるよかおちゃん!」


適当な彼の調子に思わず笑ってしまう。


「それにね、香織はもう人妻だからね。吉永くんちょっかい出しちゃだめだよ。」


隣で絵美里と葵が彼を睨みながら言った。


「えー!結婚したの?あっ本当だ指輪!いやーそっか!おめでとう!なんだかセンチメンタルな気持ち……。」

「なんかさ、こうみると吉永くんって翔太郎さんに似てるかもね。」

「あ、わかるわかる。さっぱりした感じかな。まあ吉永くんの数倍いい男だけど。」


ねー!と絵美里が香織の顔を見ながら茶化す。香織は翔太郎の話を続けたくなくて無理矢理話を逸らした。


いい感じにお酒も入り盛り上がっているタイミングで二次会の呼びかけがあった。帰りたくないが翔太郎への申し訳なさを思い出す。


「ごめん、私は帰るね。」

「えー!香織も行こうよ!翔太郎さんなら許してくれるでしょー私たちにも構ってよー。」


絵美里は相当酔っ払っているようで、香織に抱きつきながら引き止める。香織も流されないわけにもいかず、「連絡してみるね。」と携帯の画面を開いた瞬間青ざめた。


そこには1時間前から10分おきに入っている着信と、数10件のメッセージが入っていた。メッセージは「大丈夫?」という香織を心配するもので、全て翔太郎からであった。


「ごめん、やっぱり旦那に悪いから帰るね。絵美里も飲みすぎないでね。」


酔いも覚め、急いでメッセージを返す。


“心配かけてごめんね、今から帰ります。”


するとすぐに既読が付き、メッセージがくる。


“よかった。楽しめた?気をつけて帰ってきてね”



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