02. 晴れのない日々

 自分の名前も言えない頃から一緒に居た。

 私の視界にはいつだって茜が居て、世界の全てが茜で、思考の全てが茜だった。

 でも、茜は私を見ない。会話の末に笑いながら顔を上げても、視線が絡むようなことは全く無い。彼女はいつも、何処か遠く、何にも無い先をぼんやりと見つめていた。彼女の視線を得るものなんて、きっとこの世に一つも無いんだろう。茜は『執着』を遠ざける。何かを愛すことも、嫌うことも、見つめることもしない。したがらない。そうであることを疎ましいと考えている。本人から聞いたわけではないけれど、私には分かってしまう。誰よりも近くで彼女だけを見つめた私だから、残酷なほどによく知っていた。茜にとって私が、ひたすらに『何でもない』存在なのだということ。


 私はもうこの気持ちに名前を付けようとは思わない。……今更、どうでもいいことだ。私の願った『一番目の幸せ』。それを何処か奥深くへと埋めて隠して、今、違う形の幸せを求めている。


* * *


 張られたのは頬であるはずなのに、耳の奥、鼓膜の傍で何かが弾けたみたいに音が響いて、それからじんわりと頬が熱くなって、びりびりした。数拍は衝撃から動けず、脳がじんと揺れたように感じて、何度か目を瞬いた。それに意味があると思ったわけではなく反射的なものだった。そういうものなのかもしれないと頭の片隅で思う。人から手を上げられたのは初めてのことだった。

 しかもその相手が、茜なのだ。瞬きを止めた目が捉えた茜の左手。私の頬を張ったのと逆の手は、机の上に力なく置かれ、未だ何をするでもなく呆然としている茜のことを教えてくれた。途端、私の心は歓喜した。――ああ、私は成功した。思わず緩んでしまった口元を、茜に見つかっていなければいいけれど。いや、まあそれは別に問題ない。見つかっていても構わないように、今から取り繕ってしまえばいい。私は緩んだ口元を引き締めることなく更に引き上げながら、張られた頬を左手で押さえた。

「……痛ったぁ~、あはは」

 笑って顔を上げると、珍しく茜が私を見ていた。久しぶりに目が合った気がする。明らかに狼狽していたその瞳を見つけて、私の心に充足感が広がっていく。それを噛み締めて目尻を下げれば、茜は冷静さを取り戻したらしく、目を逸らす理由付けをするようにして手で額を押さえた。

「あー、びっくりした、ごめん」

 その声は、もうすっかりいつもの茜だった。抑揚はあるのに、声自体から感情が無くなっていた。私にしか分からない変化を拾えた喜びもあるが、彼女の動揺が短かったことへの落胆の方が幾らか上回っていた。

「茜、思いっきり殴るじゃん。……怒ったの?」

「違う。……本当にびっくりして、反射的に。ごめん、保健室行こう、冷やさなきゃ」

 茜が立ち上がり、私の方を見てそう言った。私のことを見たんじゃなくて、私の居る方向をぼんやりと見ただけ。立ち上がらないままで、少しだけ首を傾けて彼女を仰ぎ見る。視線に気付いたって、どうせ返りもしないけれど。

「えー、別に大丈夫でしょ」

「優陽の赤くなった頬とか見つかったら、親に何言われるか分かんない」

「あはは!」

 思わず笑ってしまった。でもまあ、言うことは分かる。ついさっき私自身も言ったし茜も同意していたことだ。私の両親は茜を、茜の両親は私をやけに過保護に扱っている。うちの親に見つかるだけでも「あんたまさか茜ちゃんに何かしたの」と見当違いに、……今回に限って言えば核心なのだけど、むしろ私が怒られるに違いない。この余韻と空間をもう少し楽しんでいたいと思わなくもなかったが、時間もあまり無いから仕方がない。私は茜に応じて立ち上がった。


 保健室へ冷やすものを貰いに行くと、保険医は私の頬を見て、それから茜と私を見比べるようにして、大きく目を丸めた。

「どうしたの、喧嘩?」

「まさか」

 答えたテンションには少々ズレがあったが、私達の回答は図らずも同じ言葉で同じタイミングだった。綺麗に重なった声に保険医は安堵した様子で笑い、「そうよね」と言う。こんな場所に特別お世話になったことは無いけれど、私と茜は有名だから他の生徒からでも色々と聞いていて、彼女も知っているんだろう。何を分かっているとは思わない。しかし今回は大きな問題にされないだけ助かった。

「それで、何があったの?」

「事故」

 茜が一拍も置かずにそう答える。私は保険医から氷嚢を受け取りながら「事故だねぇ」と笑った。茜が『事故』としたいのはおそらく、彼女が私の頬を張った件だけではなく、私が彼女に口付けた部分からだろう。それがよく分かるから、私は笑ったのだ。当然、保険医がそんなことに気付くはずもない。何かを勝手に想像した様子で「じゃれるのもほどほどにね」と笑っていた。間違ってないけどね。

 バスの時間を考えればもう私達は下校しなければならないので、氷嚢は明日返却することにしてそのまま借りた。家に着くまでは一時間と少し掛かるから、それだけ冷やせばマシになっているだろう。持っている手が少々怠いので偶に下ろしてサボっていると、「ちゃんと冷やして」と茜が言うのが楽しくて、家の最寄り駅に着くまでにあと三回やった。

 駅に着いてから十数分後にやってきたバスに乗り、最後部の座席に二人で並んで座る。そろそろ冷やすのも止めてしまった方が良さそうだ。近所の人に見つかりかねない。痛みはほとんど無くなったが、腫れているかは、どうだろう。長く冷やしていたせいで、感覚が鈍っているのかよく分からない。

「ねえ、茜、もういいかなぁ、赤いのどうなった?」

「……優陽が私の左に座ったら見えないでしょ」

 茜は前を見つめたままでそう言った。確かに私の左頬は茜側には無いけど、見えないと言うのは極論だなぁと思う。私がそっちを向いて、茜が私の顔を覗き込めば見られるのに。頑なな彼女に、内心では少し笑った。

「そういうのは先に言ってよ~」

「今気付いたの」

「いやーでも見てもらわないと分かんないんだって、鏡持ってない?」

「持ってないよ。……こっち向いて」

 結局、見るんじゃない。最初からそうしたらいいのに。ちょっと遠回りしたこと、茜自身も気付いているだろうし、そうして逃げた自分のこと、今ちょっと腹が立っているんだと思う。いつもより抑揚の無くなった声に、何となくそう感じた。軽く首を傾けて私の頬を見つめた茜は、角度が悪かったのか指先で少し私の顎を引く。――それは、想像してなかったな。頬のついでに顎まで冷やされてしまったせいか、そこへ触れた茜の指がひどく熱く感じられて、心臓の近くがじわじわと痺れた。

「もう赤くない」

 言うと同時に、茜は私の変化など気付く様子なく、無感動に離れていった。顎先から消えた体温と、視界を埋めていた茜が端っこに行ってしまって、何とも言えない残念さが胸に広がる。私も体勢を戻して座り直し、もう用済みとなった氷嚢を鞄の中に仕舞い込んだ。

「痛かったでしょ、ごめんね」

 右の耳にぽんと放られた声。少し油断をしていたので、反応が遅れた。同じタイミングでバスが大きく揺れたので、そのせいにするように私はわざとらしく「おっと」と口にして前の座席に付いている手すりに掴まる。

「んー、なんか一瞬のことでよく分からなかったな、叩かれるってあんな感じなんだね」

 そう言って茜の方を向くが、相変わらず目が合うことは無かった。ただ、表情すら見えないとは思わなかった。腕を組んだままでバスの揺れを難なく耐え切ったらしい茜は、私とは逆の方向へ顔を向けていた。窓の外に流れているのはいつも通りの、何にも変わらない風景なのに。顔を見られたくなかったのかもしれない。

「……時々、突拍子の無いことするよね」

「そう?」

 茜はその後、何にも言わなかった。家の前で「また明日」と言い合い別れるまで、私達は一言も交わすことは無かった。


* * *


 自室の机に几帳面に座り、今日出た宿題を真面目に進めながらも、私は茜のことばかりを考えていた。一人きりの部屋の中、緩む口元を押さえて隠すことには何の意味も無いのに、手の平の中へ何度も微かな笑みを閉じ込める。

 触れた唇のことを思い返し、引っ叩かれた頬のことを思い返し、そして間近で私を見つめて色を変えた茜の瞳を思い返して、堪らず両手でごしごしと顔を擦った。ああ、もう、――最高。

 あの茜が私のことだけを瞳に映していた。私のことだけを考えて、他の何も考えられずに、私へ向けるべき感情だけで心を満たして、自分を抑えることが出来ないまま手を上げた。今までにない、まさにだった。暴れ回っても足りないくらいに私の身体がその感情に満たされて震えている。ぎゅっと両手を握る。これが終わりではない。この繰り返しが私の幸せではない。これから繋げて、重ねて、必ず得なければならない。置き捨てられた『一番目』が、私にそれを訴え、長い間ずっと私の奥底で泣いているのだから。


 朝までに冷静さを何とか外側に張り付け、行ってきますと家族に告げて玄関を出れば、雨が降っていた。天気予報で知っていたし、季節のものだから仕方がないけど。それでも、やだなぁ。昨日はあんなに夕焼けが赤くて綺麗だったのに。

 正面の家から同じ時間に出てきた茜は、空を見上げることも表情を変えることも無く、当たり前みたいに傘を差して自宅の門を抜け出ていた。あんなにどうでもいいものかな、雨って。溜息混じりに私も傘を差して自宅の門を出れば、茜は自然と私が追い付ける速度で歩いてくれた。まあ、そうしないと私が「待ってよー」と声を掛けるからだろうけど。

「茜、おはよう」

「おはよう」

「雨だねぇ」

 それがどうした、とでも言いたげな沈黙が流れ、会話が終了した。本当に彼女にとってこの雨は、喜ばしくも憎らしくもないらしい。――この雨、かな。とすれば私とこの雨は仲間とでも言えばいいのか。そう考えたら親近感どころか余計に憎たらしくなってきた。今日はいいことがある予定だったのに、昨日みたいな夕焼けが放課後にあれば、きっともっと気分が良かったのにな。夕方までに立ち去るつもりも無さそうな分厚くてのろい雲を見つめ、私は小さく息を吐き出した。


「鞄さあ、返してくれない?」

 茜が私の隣の席に座りながら、静かな声でそう言った。私に話し掛けてはいるけれど、視線は彼女が開いている文庫本に落とされている。

「だって返したら、私のこと置いて帰るでしょー」

「……置いて帰ったことないでしょ」

 彼女の鞄は私の机に掛けられている。茜が座っているのと、逆側に。ホームルームが終わり、チャイムが鳴ると同時に奪ったのだ。茜はそれを驚くでも怒るでもなく、ただぼんやりと見つめ、やれやれと言った様子で隣の席に座った。子供の遊びに付き合っているみたいな顔をしている。最初に言われたのは「何してんの」だった。「返して」と言ったのは今が初めて。私が奪ってからもう二十六分が経過している。

「大体、置いて帰ったところでバス一緒なのに意味ある?」

「まあね。でもバスまで一人なのが嫌」

「ふうん」

 私達がこの教室を出るのはあと十八分後の予定だ。慌てて教室を出ても、丁度いいバスが無い。地元の停留所には何処もおじいちゃんおばあちゃんが座っていることが多いし、あそこで時間を潰すくらいなら、教室でのんびりしてから帰った方がいい。だからいつもこの時間には二人で教室に居る。つまり私が茜の鞄を確保してまで茜を足止めすることの方がイレギュラーであり、意味が無いと言われるのも分かる。ただ、どんな顔をするのかなって遊んだだけ。あと、こうすると隣に座ってくれるような気がしたから。予想が当たって喜んでいる私に、茜が気付くことは無い。茜は喜びもしないし、怒りもしない。だから誰かが喜んだり、怒ったりすることをあんまり理解しない。

「ねえ、茜」

「暑い」

「まだ触ってもいないのに早くない?」

 椅子を引き寄せて身体を寄せたのは事実だったが、一番近い場所でも十センチは離れているのに茜の反応は早くて端的だった。予測されていて、用意されていたみたいだと思った。

輻射ふくしゃ熱」

「いや、まあ、うん……そうだろうけど」

 納得の出来る理由を言われてしまってつい黙った。輻射熱は簡単に言うと、温かいものの近くにあるものは触れ合っていなくても熱を持つってもので、つまり私の体温が近付くと茜の肌もちょっと暑くなるってことで、小さな変化なんだろうけど茜の言うことは否定できない。

 とは言え、引くつもりも全く無い私は、理解を示した顔をしつつ十センチの隙間を埋めた。茜の右腕に私の胸を押し付け、いやそこは目的ではなくて不可抗力だけど、伸び上がって茜の唇に自分のそれで触れようと顔を寄せた。

「んぶ」

「……懲りないね」

 茜の手にあった文庫本が私の唇に押し付けられ、遮られる。残念な気持ちがゼロだとは思わないけれど、予想はしていたから構わない。

「また叩くの? それはちょっと嫌だなぁ。いいのに」

「別に、怒ってるわけじゃない」

 その返事に、私はほくそ笑んだ。茜ならそう言うと思っていた。そして、そう言うならもう絶対に成功すると思った。

「だめ?」

「理由が無い」

「私がしたい」

「意味が分からない」

 文庫本とキスしていると話せないので少しだけ身体を離すが、茜はまだ文庫本を下ろす様子は無い。ちなみにこんなに近くに居るのに、まだ目が合わない。そういうところを見る度、昨日の出来事が如何に特別であるかを胸の内で反芻して、改めて喜びが身体を巡るから、多少の寂しさは問題ない。

「私が『したい』って言う理由が知りたいの? 理解したい?」

 茜がこちらを見ていないのをいいことに、私は隠しもせずに笑みを浮かべた。予想通り、茜が少し目を細める。返る言葉はほとんど分かっている。あなたは必ず

「言われてみれば、全く興味無い」

「だよねぇ。だからさ、嫌じゃないなら、させてよ」

 また身を寄せる。茜がようやく視線を上げて私と目を合わせ、僅かに眉を顰めた。文庫本の向こうで、溜息を一つ。そしてそれが落ちるように姿を消せば、茜の唇は歪むことなくいつもと同じ形でそこにあった。茜が何かを言うことはないだろうと思ったから、私はただ目尻を下げて笑い、何も言わずに許された場所へと口付ける。

 最中、一度薄っすらと目を開けた時に、茜も微かに目を開けた。その時に開けたのか、ずっと開けていたのか。どちらでもいいけど、キスの合間に一瞬でも目が合ったのは、嬉しかった。

「……突拍子が無いの、時々じゃなかったかも」

「はは」

 唇を離せば、茜はいつもと何も変わらないトーンでそう言った。


 ここからは何もかも簡単だった。次の日もまたその次の日も、私がキスをしようとする時に茜が抵抗をすることは無くなった。毎回、視線だけで「また?」と訝しげにはされるけど、それだけ。身体に触れるようになっても、反応はほとんど同じ。腕を撫でても、首を撫でても、更には脚を撫でてスカートの中に軽く手を入れても、少し足を動かしただけ。振り払ったり、まして叩かれたりはしなかった。

「なにすんの」

「あ、だめ?」

 流石に下着の中に手を滑り込ませたら黙ってないか。そうだよね。ようやく掛かったストップに、私は笑った。茜の表情はあまり変わらない。眉を少し顰めているだけ。それでも、これが失敗に終わるとは少しも思わない。だって茜はそんなことどうでもいいんだから。茜が拘っているのは、この行為をするか、しないかということではない。受け入れることは『特別』か、拒むことは『特別』かということだ。特別でさえなければ、その点だけが侵されなければ彼女はどちらでも構わないはずだ。そういう人だ。

「いくらなんでもおかしいでしょ」

「おかしいねぇ、でも私は触りたいんだよね。茜は嫌? 怖い? 気持ち悪い? 怒ってる?」

 あなたが否定したがる言葉を私は全て知っているから、欲しい言葉をあなたから得ることはそんなに難しくない。

「……どれでもない。興味ない。したいんだったら、勝手にすれば」

「やさしーい」

 茜の部屋、ベッドの上。うちの親に比べれば茜のご両親はプライバシーを重んじるので、部屋に入ってくるようなことも、お茶を持ってノックをしてくることもない。そういうのも知った上で今日は茜の部屋に入り込み、行動を起こした。私が意味も無く茜の部屋に入り浸ることも少なくなかったので、茜も今日を特別とは思っていなかっただろう。そして今も、茜にとっては特別とは決して言わない日となるだろう。私にとっては勿論、掛け替えのない転機。

 外は雨が降っていた。しとしと、うるさくない雨音が絶えず部屋の中に入り込んでくる。茜の吐息も、少しだけ漏れる声も小さかったから、私にはこんな雨音でも邪魔だと思った。ああ、晴れだったら良かったのに。カーテンの隙間から入り込む光が、私の好きな茜色だったら、もっと良かったのに。つまらないな、初めて茜にキスした日から、私の大好きなあの色、見れていない。


 茜は『執着』を遠ざける。自分にとって誰かを『特別』にすることを拒んで生きている。だから、きっとこの先も茜に特別な人が出来ることはないだろうし、恋人なんて作りはしないだろう。

 つまり、私は『茜が誰かに奪われてしまう』なんて恐れは一切抱いていない。キスしたのも、身体に触れたのも、そうしたかったから機会を作っただけ。誰よりも先に、一番初めに茜に触れたいとか、そういう願望は無かった。大体、何番目かってことだって、結局は意味が無いのだ。茜にとってはどうでもいい行為であり、こんな行為で茜の心を動かすことも、特別を得ることも絶対に無い。それはやっぱりどうしたって、私が一番よく知っている。

 そんな茜からすれば、最も煩わしいのは、『私』という存在だろう。茜にとっては取るに足らない『誰か』の一人でしかないのに、周囲は私をそう見ない。幼馴染。生まれた時からずっと一緒。周囲が勝手に私を『茜の特別』にしていて、誰一人としてそれを否定せず、全ての人が肯定し、毎日のように私達を比べる。

 その度に、感情の起伏が無い茜の目が細められる。ほんの少しだけ眉が寄る。雰囲気が尖り、訴える。――「疎ましい」。口にしないその感情が、私にだけはぴりぴりと伝わっていた。

 分かっている。分かっているけれど、私は決して茜の傍を離れない。茜がどれだけ疎ましく思っても、引き離そうとしたって、私は茜の傍に居続ける為ならどんな苦労も努力も厭わない。このまま毎日、私のことを疎ましく感じていてほしい。その思いをどうしようもなく募らせて、そして、方法が一つしかないことを早く気付いてほしい。

 私から逃れたいのなら。勝手に据え置かれてしまったこの『特別』を人生の中から消したいのなら。――茜がその手で、私を殺してよ。

 そうしたら、愛にも等しい大きな感情の塊に包まれて、私はこの命に結論を付けられる。例えそれが憎悪であっても。あなたが私の為に抱いた無二の特別な感情であることに、違いは無いから。


 もっと傍に行かなきゃ。もっと触れて、奥に入り込んで。

 もっと、茜が私を疎ましく、煩わしく、……憎く、思うように。

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