慣れない父親ヅラ

シュウのリクエストに応えてチキンカツの材料を買い出しに行く。土曜日のスーパーは賑わっていた。サエちゃんにいいところを見せるために俺は必死だった。朝からサエちゃんが掃除機をかけ始めたら俺はトイレ掃除を。サエちゃんがふぅ、とため息をついたらシュウを公園に連れて行った。慣れない遊びに振り回されてヘトヘトだったけれど、まだまだだ!材料を買い込んで帰宅した俺を待っていたのは次の作業だ。もう16:00か。少し遅くなっちゃったみたいだけど家族3人分の洗濯物を取り込む。畳み方これでいいのかな。タンスの中身と見比べてなんとか終える。それが終わったらいよいよ俺がキッチンに立つ。 今日の献立はチキンカツ、夏野菜の煮浸し、タコわさ、豆腐とカイワレの味噌汁、トマトのシャーベット。俺にしては上出来だろう。しかも手間取らないように朝早く起きて調味料、調理道具がどこにしまわれているかは把握済みだ。なんか腰がいてぇ。アイ、これらの作業をリンをおんぶしつつアキトを相手しながらやってたんだな。休みの日くらい手伝うとかちょっとでもしてやればよかった。大好きなサエちゃんがすぐ近くにいるのに、あんなにうまくいってなかったアイのことばかり考えてしまう。アイ、どこに行っちゃったんだろ。アイは俺のことを気にかけてるのかな。俺、君になんにもしてやれなかったな。アキトとリンにとって、ちっともいいお父さんじゃなかったな。今更だけど、寂しいよ。


「んー!美味いよ父ちゃん。おれチキンカツも好きだけどこのタコのやつも好きだなー」

「ユウくんさすがだね!私もまだまだだな」

俺の作った料理を食べて、ふたりがニコニコ笑う。盛り付けの下手な料理の皿がどんどんきれいになっていく。俺がこれまでどの程度の料理を作っていたのかわからないけど、どうやらなんとかなったみたいだ。美味しいって食べてもらえるってこんなに嬉しいことなんだな。アイ、そういえば君もチキンカツ好きって言ってたな。

「あれ、父ちゃん?」

シュウが心配そうにこちらを見ている。

俺は気がつくと箸を止めて涙が溢れていた。

「ああ、ごめんなシュウ。美味しいって言ってくれたのが嬉しくて」

サエちゃんがもらい泣きしているのか、目尻に手を添えながらこう言う。

「ユウくん、私たちが結婚した時お互いに感謝の気持ちを忘れずに、常にありがとうって言い合おうねって約束したでしょ?シュウにもそれが受け継がれてるのね。ユウくんいつもありがとう」

チキンカツ、ちょっと塩加減が強かったのかな。しょっぱい気がしたけど、3人で食べる夕食は美味かった。


食器を洗い終え、シュウと風呂に入り、寝かしつける。シュウは俺のする昔話を聞かせてやる。アキトが生まれて、大きくなったらいつかしてやろうと思っていた自分が幼かった頃の話だった。やがてシュウはすぅすぅと寝息を立て始めた。俺はリビングに戻りサエちゃんと話す。夜は夫婦の時間だ。まだ子どもが小さいとこんなこと想像もつかなかったけど、アキトとリンが成長したら、アイとこんな風になれたのかな。ていうか俺がもうちょいアイを気にかけて自分の食器ぐらい洗ってたら…なんて、あんなに喧嘩が絶えなかった俺たちなのに。夢の中で出会った女性や子どもたちにここまで執着するものか。俺の意識はどうしてしまったんだろう。

「ユウくん?今日どうしたの?なんだかいつもと違う気がした」

「サエちゃん、俺…前からこの家に住んでた?」

俺は心のざわつきを不思議な顔をしているサエちゃんに話す。

「以前の俺は家のことや子どもを育てるのは嫁さんの役目で、男は仕事で金稼ぐのが役目って思ってた。でも本当はそうじゃなくて、こうやって支え合って生きてくのが家族のあり方なんだな、って思えた。サエちゃんのおかげでそう思うことができたんだよ」

サエちゃんが優しく微笑みながら俺の手を取り言う。

「ユウくん、いつも土日は私を休ませてくれてありがとうね。それでもシュウが生まれたばかりの頃、私たちたくさん喧嘩したの覚えてるでしょ?育児で追い詰められて私が心療内科に通い始めた時のこと。ユウくん、あれから人が変わったかのように頑張ってくれたじゃない?どんな薬よりも、どんなカウンセリングよりもユウくんの意識ひとつで私はすごく救われたの」

サエちゃんの手の温もりを感じる。

「俺は…ごめんね、ホントに」

それは、サエちゃんへの言葉ではなかった。アイへの懺悔だった。

「ねえユウくん。今日、しよっか。こっち来て、頭をいいこいいこしてあげる。シュウもそろそろ弟か妹が欲しいみたい」

サエちゃんが俺を抱きしめて頭を撫でてくれる。どことなくアイへの罪悪感を抱きながらも身体が反応してしまう。ソファーの上で、俺はぎこちなくサエちゃんに触れた。

「今日はキスしないの?ユウくん」

サエちゃんとは30年も前からキスし合っていることになっている。にもかかわらず、今の俺にはその30年間の記憶が無いわけだが…どこか特別な感情を抱きながら俺はサエちゃんに口づける。ふと、心がざわつくような感覚に襲われる。ん?なんだろう、この感じ。少し前にも経験したことあるような…

「サエちゃん、いいかな?」

あの時確か、セックスしようとして…そうだ。カルバン・クラインのボクサーパンツを下ろした気がする。俺の勘が間違いじゃなければ…

俺の思考がぐるぐるしていることを何も知らないサエちゃんはやや恥じらいながらも俺を待つ。

「ユウくん?今日は随分せっかちだね」

キスしながら俺はズボンを脱ぎ、ボクサーパンツに手をかける。

すると、後頭部に感じる稲妻のような衝撃。薄れていく意識の中で、ひとりの男とすれ違うような景色を見た。多分俺と同じくらいの年齢、身長も同じくらいだと思う。あいつは一体誰なんだ?

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