第3話

 蔀はシールド・ワールドに現れるバグについて、次の3つの法則を得た。


 1:バグが来る時は、神美に【入電】が必ずある

 2:バグを倒すのは、原則として神にしか出来ない

 3:バグは原則として、人と神の敵だ


 神美にも認められた、確からしい法則である。

 原則はまともな変態バグの件で早くも破れているが、あの一件は極めて特殊だ。


「私が消せる対象が人間からバグに切り替わった。バグをシールド・ワールドから完全に取り除くまでの、等価交換にイザナギが応じたんだ」


 イザナギ。日本神話に登場する神であり、神美の仲間だ。

 人としては別の名を持つらしい。いわゆるコード・ネームなのだろう。


「じゃあさ。神はやっぱりアレか、イザナミか」

「ク、クシナダヒメだ」

「櫛になっちゃってんじゃん。スサノオの頭に刺さっちゃってんじゃん」

「うるさいうるさい。私だって不本意なんだ」


 クシナダヒメの名前と神美の能力【消去法】には何の因果関係もなさそうだが、神美自身、そこの所はよく分からない。


「櫛に消される人間、哀れすぎるだろ」

「おい、櫛を舐めすぎだろヤカンにするぞ」

「何それ卑猥」

「えっ、ヤカンは下ネタなんか」

「いや、適当に盛って言いました」

「土下座だけで良いよ。許す許す」


 互いを知るのは今、この世界、シールド・ワールドでは2人だけ。実はそんな感覚をいつしか互いが持っていたが、どちらもそれを言い出せずにいた。

 会話が途切れる。普通、そんなものだ。恋仲にある男女ですら、何時間も一緒にされて果たして会話が続くかは怪しい。

 ただ、怪しくて普通なのである。


「えっ、と。しかしアレだな、神。今日は天気が良い」

「雨、降ってきてますけど。なんとかして欲しいんですけど、ヤカンの力で」

「えー。じ、じゃあ、あのコンビニに入ろう。レッツ・ゴー・トゥ・ネクスト・ステージ」

「何それ卑猥」

「ち、ちげーよ。言葉のアヤ、言葉の」


 ぐだぐだの会話の果てに、なんやかんやで2人はコンビニに入った。


「これがドラマならさあ、せめてそろそろ3人目の仲間が来ない?つーか、ダックルこそが仲間で、消しちゃダメだったんじゃない?」

「そもそも、アンタは私の仲間なのか?」


 沈黙。


 変態バグとダックルの件から、実は既に幾つかの新たなバグに2人は遭遇している。

 だからこそ、蔀は3法則を見つけたわけだ。


「じゃあさ、―――じゃあ、勝手にしなよ」


 コンビニから、蔀だけが出て行った。


「くそっ。都会崩れが神といる、それだけで俺は極限状態なんだぞ」


 ***

 少女にだけ見える存在、それが妖怪だ。


 妖怪は見える見えないが明確に個人差があり、くっきりと妖怪が見える人間は神になる以外に道はないとされている、らしい。

 少なくともそれは、少女の家での掟だ。


「妖怪を払えないんです。アタシまだ、出来ないから」


 蔀には妖怪は見えない。

 だから少女が言っている意味が分からなかったのだ。


「勝手にほざいて、勝手によろめいてろ。わけが分からん」


 正直に言い捨て、蔀はその場から去った。

 いや、正確には


「―――え?」


 蔀も引っ張られていた。

 そして、2人はどこかへと連れ去られようとしていた。

 ***


「あー、永遠の思春期は相手が疲れますわ」


 神美は、陳列棚に惣菜パンを並べているコンビニの店員に、あまりに気さくに声をかけた。

 本当なら蔀を追いかけなければならないのだろう。しかし、恋仲になる事のない腐れ縁にも倦怠期はあるのだ。


「はあ、左様にございますか」

「あなたはバグじゃないのね」

「バグ、とは」

「え?―――いえ、何でもないです。ありがとう」


 シールド・ワールドではバグが常識、というわけでもないようだ。


 そもそも、バグとは妖怪なのではないかと神美は考えていた。

 それだと、ある理由により蔀にまで姿が見える説明は付かないが、ある理由はシールド・ワールドの混沌により無効となっているのかもしれない。


「おい、クシナダ。蔀くんを保護するのはキミの役目であろう」


 軍服を来た、長髪の女性が神美に話しかけてきた。


「あ、えっと。冬星さん」

「ヒミコと呼べ。そう言ったはずだが?」


 左足を踏まれた。わざと踏んできたのだ。

 それも、足の骨が折れるほど強く。


 冬星ふゆほし 真琴まこと

 神の一人、つまり神美と同じだ。

 だが仲良くはない。なぜかは分からないが、互いに好きになれないのだ。


「冬星さんが蔀を守れば解決じゃん」

「シールド・ワールドに時間制限なくいられるのは、クシナダ、キミだけだ。それに、蔀くんはキミを―――」

「私を?」

「・・・なるほど、鈍感なのだな」

「はあ?」

霊信れいしんの機能が強化されたのは知っているな」

「ああ、うん。私からも送れるみたいだね。うまく使わせてもらう」


 そしてヒミコは、ぱっと消えた。まるで明晰夢だったかのように、もう跡形もない。


「シールド・ワールドは私の何なの。私を特別にしないでよ」


 誰に向かってでもなく、神美は言った。


 シールド・ワールド。

 神美だけが神としてずっと存在可能な空間。


 だが神美はそんな世界を望んだ覚えはないし、そんな世界を手にした覚えもない。何より、そんな世界ですら妖怪みたいな化け物と戦わなければならないのは、神美を憂鬱にするだけだった。


 一方、蔀はバグの上にいた。


「う、動けない。足が、足が動かない」


 バグは人とは限らない。今、蔀が踏んでいるのはバグったマンホールふた。

 そして、蔀の視線の先には秋田犬バグと、どっかの校長バグがいた。


「入電あったんなら、助けに来いや。それとも遂に俺を、ひとおもいに消す日と悟ったのかい」


 神美に聞こえてほしくて、そこそこの大声で蔀は、そう叫んだ。


「良、いや、可、いや、いや可、いや」


 校長バグがしゃべった。

 白髪混じりのオールバックがやけにキマッている。それに、麦色のベスト。見た目が校長なら中身も校長だ。


「可、いや、いや不可、不可だ」


 不可だー、と叫びながら、校長バグは秋田犬バグを投げつけた。


「うわあ、犬を投げるんじゃねえ」


 蔀は見たままを言った。

 そして、そんな事は関係なしに秋田犬バグは口から強酸を吹き出した。


「うわっ」


 すかさず回避したので難を逃れ、蔀に当たるはずだった酸はそのまま放物線を描きながら落下し、地面の雑草にたまたま命中した。


 ジュウウウ、と音を立てながら、雑草は溶けていく。


「ええっ、な、なんだコイツ。犬じゃねえのかよ」


 回避したとは言っても、バグったふたからは離れられない。そこで蔀は思わず右に倒れて、右手を地面に付く体勢になっていた。


「死ぬじゃん。意味不明な世界で死ぬとか、どんだけ罰ゲームだよ」


 蔀は恐怖で震えていた。蔀には神が持つ特殊な能力は何もないし、特別に強いわけでもない。

 本当に、ごく普通か、それより少し下くらいの若者なのだ。


「助けて神。早めにお願い、早めにお願いしま」

「ヤカンの分際で、うるっさいのよ」


 秋田犬バグが弾けた。まるで風船が割れるように、あの少しびっくりしてしまう音量で、パァーンとぜたのだ。


「―――神がやったのか、今の」

「動物は苦手だから、きれいに消せない」

「一瞬、グロいの見えてしまったからね。謝ってね、キスで」

「いいぞ。口移しで塩素注入するだけだから」


 すると、校長バグは変身した。

 わずかに残った秋田犬バグの尻尾らしき断片を飲み、犬人間バグになったのだ。


「Xメンかよ」


 見たままを言うのは、蔀の癖だ。


「ごめん、見た事ないから同意出来ない」


 一方、ストレートな言動は神美の癖である。


 犬人間バグは物理攻撃特化なのか、強酸は吐かなくなった。しかし、物理攻撃が凄まじい。

 殴る、蹴る、殴る、殴る、頭突きからのスクリュードライバー。

 そして、それを食らったのは蔀である。


「げえっ。はあ、はっ、かは」

「大丈夫か?呼吸は出来そうか」

「がっ、ふっ、はあっ、くうぅ」


 会話にならない。人事不省じんじふせいだ。

 マンホールのふたバグは解除されない。蔀は重症にもかかわらず、妙な体勢で動けないという事態に陥った。


「私をおいて死ぬか。短い人生だったな、乙」

「良、いや、優、いや、いや優」


 犬人間バグになってなお、校長バグの査定癖は変わらない。


「優、良、いや、不良、いや、優」

「何なのさっきから。本当、気持ちが悪い」


 一応、体を張って戦うしかない展開である。


『助けが来るから頑張れ』


 蔀を助けに行く前に、神美に来た入電だ。


「まずバグの居場所くらい教えろや」


 神美は今さらながら、イザナギに怒った。霊信はイザナギが主に担当しているからだ。


 妖怪には特有の気配、霊波があるために神美に探せるのだが、バグには霊波はない。

 そのため、蔀を探すのもひどく骨が折れたのだ。


「優、いや優優優」


 犬人間バグは神美を抱擁しようと、両手を広げて駆け寄って来た。犬だけに異常に足が速い。


「脇を締めて、打つべし。打つべし」


 神美は一応、痴漢などから身を守るためにボクシングを習った事がある。少しかじったことがある程度だが、基本くらいは分かるというわけだ。


「シッシッ、シッ、シッシッ」


 人は息を吐くときに最も力が出る。それを利用した、ボクサーに特有の呼吸で神美はひたすら、ワン・チャンスを逃さずに敵に拳を打ち込んでいく。

 抱きしめようとする腕を叩き払い、積極的に急所を狙っていく。バグな上に犬人間なので急所が人間と同一かは不明だが、ボクシングそのものではない本当の命のやりとりである以上は、急所を狙おうが反則ではないのだ。


「シッ―――げぶっ」


 犬人間バグは抱き締めようとするのをやめた代わりに、強烈なストレートを神美の腹部にお見舞いした。


「あ、赤ちゃん出来なくなっ」


 ダメ押しの、耳へのエルボー。そう、別にボクシングと勝手に決めたのは神美だ。


「いや、不可」

「魂が汚れたゴミめえぇ」


 犬人間バグが吹き飛んだ。インテリア・ショップのガラスが割れ、犬人間バグのあちこちに深めの切り傷が出来たがしかし、バグは出血程度では死なない。

 一方、犬人間バグを攻撃したのは、いかにもロックという革ジャンに身を包み、ドレッドヘア。見た目には30代前半の男だ。


 男は口を開いた。


「光と愛とウニの戦士、ニニギマン見参」

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シールド・ワールド 桐谷瑞浪 @AkiramGodfleet2088

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