第9話 七
「みんな、最後までよく頑張った!」
俺たちの指揮官、監督は、試合後そう言って泣いた。そしてその涙をまずキャプテンがもらい、そして俺も、それを見てもらい泣きした。
そう、それは混じり気のない、青春の涙―。
俺たちはまぎれもなく、その瞬間「青春」を生きていた。
そしてその日俺は家路につく。その道中、俺は悪魔に魂をとられることを考え恐怖を覚えたが、
『こんな日に死ねるっていうのは―、ある意味幸せかもしれない。』
そうも感じ、複雑な心境であった。
そして俺は眠りにつく。そしてまたも俺は夢を見て―。
「お久しぶりです、佐山様。」
「―はい。」
「試合、惜しかったですね。私も雲の上から拝見しておりました。」
「―そうですか。」
「では早速取引の履行を―、と言いたい所ですが、佐山様、あなたは以前の私の話を最後まで覚えていらっしゃらないようですね。」
「―どういうことですか?」
「少し前のあの日、私はあなたに魂の取引を申し出ました。しかしあなたはこう言われたのです。
『俺は取引には応じません。俺がその取引に応じたら、レギュラーを目指してる他の部員、また今レギュラーで頑張ってる他の部員に対して失礼になります。
俺は―、必ず自分の力で、レギュラーを獲って見せますから!』
とね。
そしてあなたの意志が固そうだったので、私はあなたとの取引を諦めました。
だから佐山様、あなたがレギュラーに選ばれたのは、あなたの実力、そしてたゆまぬ努力の賜物です。まあ私との取引が成立していれば、あなたを代打ではなく四番打者として起用していましたがね。」
「えっ―!?
ってことは―?」
「はい、お察しの通り取引は不成立となります。
ところで佐山様は【aspect】という英単語をご存知ですか?」
突然の悪魔からの質問に、俺はホッとしながら、
「確か、【問題などを見る見地】、っていう意味があったような―。」
と答える。
「はい、その通りです。佐山様あなたは私とのやり取りで、野球というものを見る見地が変わったのではないですか?」
「―はい、その通りです。」
「そして【aspect】にはそれだけではなく、【顔つき】という意味もあります。佐山様あなたの顔つきは、私と出会う前と後では、全然違いますよ。
―まったく悪魔としたことが、とんだ人助けをしてしまいました。
では長居は無用ですのでこの辺で。あなたはもう私と会うことはないでしょう。
と言っても名残惜しくはありませんね。
では、さようなら。」
次の瞬間、俺は目が覚めた。しかし時計を見るとまだ午前2時。俺はもう一度寝ようとしたが、なかなか眠りにつけない。
『あの悪魔は―、本当に存在していたのか?それとも全部俺の夢?』
眠れない俺はそんなことを考えた。
『でもこれだけは言える。悪魔に出会う前の俺は、ただひがんでばかりだった。それがレギュラー組に選ばれて―、俺はレギュラーの苦労を知った。それは試合へのプレッシャーだったり、日々の努力の大変さだったり―。
そう、『レギュラー』としての世界、扉の向こうの世界は、本当に不思議な世界だった。
俺はファンタジーの世界に迷いこんだわけではない。でも、あの打席に立った瞬間、俺はそんな不思議な世界に迷いこんだのかもしれない―。
そして、とにかく俺は変わった。それはあの悪魔のおかげだ。だから―、
俺は悪魔に感謝しないといけないのかもしれない。
まあ二度と会いたくはないけど。』
俺はそんなことを考えているうちに、二度目の眠りについた。
今度こそ、俺は朝までぐっすり眠ることができるだろう。 (終)
Aspect~とある高校生の記録1~ 水谷一志 @baker_km
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