家族崩壊

大切な親友を失ってしまった。

誰か、私の体を乗っ取っている。

私の体は乗っ取られている。


でも、犯人が分からない限り、どうすることも出来ない。

どうやっているのかは分からないけれど……。

今のところ、この呪いを解く手段は無い。

ただただ、この状況の流れに身を任せるだけ。

それしか今の私にできることは無い。


学校に行くと、私の方をちらちら見てくるアリアが目に入る。

話したいけど話せない。

そんな気持ちが彼女の中で葛藤している。


「はぁ」

この状況を奪回しようと思っても手段が無いこのもどかしさ。

私は映画を見るようにこの後の展開を待つことしかできない。


今の私がやれることがあるとしたら、この状況を抜けるためのヒントを日常から見つけ出すことくらい。

学校の生徒という線はあまり無いように思う。

だって、人の体(又は脳)をハッキングすることのできる生徒なんてかなり限られる。

やれる人間がいたとしたら、それはきっと大人だ。

もしくは、とんでもない電脳ハッキング能力と技術を備えた子供。


何か犯人の手がかりに繋がりそうなものがあると良いのだけれど……。


――――昼食。

今日も一人。

アリアに彼氏との関係がバレてからずっとだ。


彼女はクラスのワイワイ系の女子と楽しく会話をしている。

そうだ。

もともと、私と彼女の住む世界は違ったのだ。

私のような根暗な人間は太陽と出会うことは決して出来ないんだ。

光と影の間には何か決定的な障害があるんだ。

だから、私と彼女が仲良くなんて出来るわけがないのだ。


今までが異常だったんだ。

彼女と仲良くしていた日々が。

あれは『非日常』であって、私にとっての『日常』では無かったんだ


授業が終わり、家に帰ると居間にお母さんが夕食の準備をしていた。

仕事が終わって帰って来ていたらしい。

台所からは包丁で野菜を切る音しかしない。


胸に泥を塗られたかのような気持ち悪い感触。

触手が体を舐めまわすかのようなぬめっとした感覚がした。

お母さんの姿が目に写らないようにする。


私達は一言も会話を交わさずに、私は無言で上にある自分の部屋に上がる。

廊下で御父さんがパソコンを叩くカチャカチャという音が耳に入って来た。


私は自分の部屋に引き籠り、Iのスイッチを入れて電脳空間に入った。


もう嫌だ。

こんな家。

消えちゃえ。


なんで私はこんな家に生まれてしまったのだろう。

もしかしたら、お父さんとお母さんは本当の私の親ではないのかもしれない。

みんな、私は両親とよく似ているって言うけれど、あまり信じたくないな。


目がお父さんと似てる。

顔の輪郭がお母さんと似てる。


そう親戚の家の人に言われる度に私の背筋に悪寒が走っていた。

自分はこの両親の子供なのだと。


本当の二人の姿を知らないくせに。

勝手なことを言って。

みんな、みんな嘘つきだ。

大人はみんな嘘つきだ。


私の事を、お父さんのことを、お母さんのことを何も、何も知らないくせに知った風なことを言っている。

御父さんは偉い研究者らしくて、みんな「凄い」って言うけれど、私からしたら唯のPCマニアにしか見えない。

毎日毎日毎日毎日一日中パソコンに向かってて。

一日の内で家族で会話をすることなんて一回あるか無いか。


大人は馬鹿だ。

御父さんが家でどんな風なのか知らないくせに。

その人の全てを知らないくせに知ったかぶりをして。


大人なんて大嫌いだ。

大嫌いだ。

嫌いだ。

嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ。


みんな消えてしまえばいいのに。

みんな〇んでしまえばいいのに。


その部分はどうやら私の抜け殻な体と共感したらしい。

RPGで銃を持って敵と戦っている。

「いけいけ!! ぶっ倒しちゃえ!!!!」

自分の体を思い通りに動かすことが出来ないので、自分の体を応援することにした。


UZIをフルオートにして敵を蜂の巣にしていく。

やっぱり、短機関銃のこのフルオートにして撃つのが最高に良い。

あとはあれだね。

リロードする時の音がかっこいいと思う。

(こんなこと女の子あまり言わないことだろうけれど……)


一位は取り損ねたけど、十人倒せたからかなりいい方なのではないだろうか。


その後、私は彼氏と会って二人だけの時間を夕食が出来るまで過ごした。

不本意だけど。

夕飯が出来る時間になると、彼氏と別れて下に降りた。


私はこの体を観察していて、もしかしたら、この欲求に関してはかなり忠実に行動するのではと私は考えていた。

その証拠に、いつも夕食の時間には下に降りるし、彼氏との体の接触する時間もかなり多い気がする。


下に降りると、二人とも既に夕食を食べていた。

いつも通り、両親の間の席に座る。


咀嚼音だけが部屋全体に聞こえる。


息が詰まりそう。

早くこの空間から出たい。

逃げだしたい。


呑み込むように食卓に用意されている食べ物を口の中に入れて自分の部屋に飛び込んだ。

「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ…………」

もう、限界。

これ以上いたら変になりそう。


「さてと……」

電脳空間に入る。


ここまでの行動は想定内。

私の予想の範囲を出ない。


これまでこの体の行動を観察して分かってきたことだけれど、私の習慣化された行動は必ず行っている。

睡眠、登校下校、食事等々――――。


この体の行動で分からないのは、何か予想外の出来事が起こった時。

どうにも一定の法則の様なものがありそうな気がするんだけれど、何も思い浮かばない。


私の体はまた彼氏に会っているし。

なんだか、かなり欲に忠実な感じだ。


どれくらい経ったことだろう。

右上に表示されている時刻を見ると、既に十時を過ぎていた。

こいつらいつまでヤってるんだろう。


私の気持ちも少しは考えて欲しい。

はぁ。


私と彼は結局十一時までヤって別れた。

仮想世界モードを切ると、下からムチを打つ音が聞こえてきた。


ああ、やっているな。

いつもの事だ。

私の両親はSMなのだ。

サディストとマゾなのだ。


ああ、悍ましい悍ましい。

絶対に近づくなよ!!、と私の体に念を送る。

そりゃもう、これほど強い念を送ったことは無いくらいに。


と、私の気持ちとは反対に体は下に降りて行った。

ダメー!!!!

そっちに行ったらダメーーー!!



それでも、私は着実に両親との距離を縮めていた。

もう、あの光景は見たくないのに。

絶対に見たくないのに。


階段を降り、居間を覗く。

私の目に写ったものは、お母さんの首を絞めているお父さんの姿だった。


お母さんは頬はリンゴの様な赤色をしていた。

首を絞められたまま、恍惚とした瞳で御父さんを見ている。

とても、正常な光景ではない。

とても、正常な状況ではない。


目を逸らしたい。

でも、私の顔はそのままで、お父さんがお母さんの首を絞めている姿を唯々じっと見つめる事しかできなかった。


何も不思議に思わない自分がいた。

何も感じない私がいた。

心をシャットダウンしている自分がいた。


逃げたい。

なのに逃げられない。


それは、この非日常な日常が目の前で起こっているからだ。

駄目だと思う自分がいても、これがこの二人の日常なのだと納得して関わらないようにしている自分がいる。


それを私の体は感じ取っているのかもしれない。

本当の所は分からないけれど……。


お母さんの首に掛けられているお父さんの両の力が徐々に強くなっていく。

「ア……アア。ィ……ィィ………ィィィ」

快感と苦痛の混じった呻き声を漏らす。


強迫じみた顔でお父さんはお母さんの首を絞め続ける。

「ゥ、ゥゥゥ……」

お母さんの声がきっぱりと聞こえなくなった。

それでもお父さんはお母さんの首を絞め続ける。


やめて!!

いくらSMが好きだからってそこまでしちゃだめ!!


お母さんが動かなくなって数分くらい経っただろうか。

やっと私の体は動き始めた。


――――同じテンポの足音と床と私の足が奏でる。

「誰だ!! …………って、マイ? なぜここに…………」

私は一言も言葉を発さずに、台所に置いてある包丁を両手に握る。

しっかりと握り締める。


硬い感触。

「おい。お前何やってん……!?」

包丁がお父さんの体に吸い込まれていく。


「グ……ガ…………ハ」

服に鮮血のシミが出来る。


ちょ、ちょ、ちょ。

ちょっと、何でこんなことをするのよ!!!!

何で……。


そんな風に思う自分がいると同時に、二人から自由になれるという喜びが沸き上がっていきた。

これで自分は二人の事を気にしないで良いのだと。

関わらなくていいのだと安堵する自分がいた。

本当は考えなくても良いのに。


お母さんを見下ろすと、彼女は目を閉じたまま動かなかった。


私は二人を放って二階に上がり、電脳空間へと没入した。

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電脳地獄 阿賀沢 隼尾 @okhamu

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