電脳地獄
阿賀沢 隼尾
友情崩壊
「マイ。聞いてる?」
「あ、ああ。うん」
エリカの大人びた顔が顔が見える。
登下校中。
いつも私はエリカと話して帰る。
でも、最近私には悩みがある。
自分が自分ではないような気がする。
話しているのは私。
体を動かしているのも私なんだけど、どこか外から見ているような、中に浮かんでいる私がエリカと一緒に歩いて帰っている私を見つめている。
どこかふわふわとしていて、私が私ではないように最近思える。
「最近、マイってなんか、ボッーとしているよね」
「そ、そうかな」
「うん。そうだよ。何か悩み事でもあるの?」
親友の彼女の事だから、本当に心配しているんだろうなと思うけれど、こんなこと人に言えるわけない。
だって、こんな変なこと人に話せるわけない。
「ううん。なんでもないよ。大丈夫だから」
笑ってごまかす。
横断歩道を渡って、いつもエリカと別れる所まで来る。
「それじゃ、ばいばい」
「うん。ばいばい」
手を振って彼女と別れる。
「ふう」
彼女といる時間はとても楽しいんだけどね。
でも、最近ずっと感じるこの感覚は何だろう。
――――自分が自分ではない感覚。
これが『自分』である感覚がどうしても持てない。
友達と一緒にいる時も、家族と一緒にいる時も、一人でいる時も。
正直、本当の自分がどこにいるのか分からなくなってきている。
ぼんやりとしている。
玄関に入って、靴を脱いで二階にある自分の部屋に入る。
無機質な白色の壁に熊のぬいぐるみが置かれているピンクのベッド。
部屋の奥には机と椅子が置かれている。
机の上に置いてある電子眼鏡(Iアイ)を取り出し、中に入っている電子眼鏡を中から取り出す。
Iを掛けて、耳の辺りにあるスイッチを押して起動させる。
《指紋確認、声紋確認。マイナンバー:DG126386 葵麻衣さん。確認しました》
機械音声がしたかと思うと、電脳空間が周囲に現れた。
――――プライベートルーム。
そこにはいつもの私の部屋と同調させているから、いつも通りに振る舞えば良い。
違うのは、窓の外には誰もいないことと、この空間は完全に外から遮断された場所だということ。
ネットを繋げば少し違うけれど。
ここにいる時が1番安心する。
左上にあるコマンドを押してネット接続をオンにする。
ここに居るのが本当の私。
家族も、友達も本当の私を知らないんだ。
取り敢えず、適当なところにでも行くか。
公共ルームの一つ――――『ふれあい広場』を人差し指でタップする。
すると、周囲に光の粒子が私の体を包み込み、視界が真っ白になった。
次の瞬間、私は《クリスタル》のそばにいた。
電子空間内を移動すると、必ずその空間内の《クリスタル》の所に移動するようになっているのだ。
よし。
ここなら大丈夫か。
左上にあるコマンドの空白コマンドを押す。
すると、フレンド登録や参加しているグループの一覧が表示される。
その中にある《ドラゴンナイト》と書かれている所をタップし、会話に参加する。
Mai『みんな、今日は出没頻度低いね』
グループに発言した瞬間、ピロリンという通知が来る時の音がする。
ぴるまる『だね。みんな仕事とかで忙しいんだろうね』
Mai『2人でどっか行く?』
ぴるまる『だね! せっかくだから行こう!!!!』
会話をして、《金剛窟》の中を探剣することにした。
その後、仲間が集まって来てくれたから、楽しく遊ぶことが出来た。
探検している間、なんだかふわふわしていた気がする。
自分が浮いている感じ。
モンスターと戦っている時も、何やら『自分の身体を自分の意思で動かしている』という確かな感覚を持つことをはっきりと出来なかった。
どこか遠い場所に自分がいる気がしてならなかった。
ゲームを終えた私は、そのまま寝ることにした。
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その日から、その症状は日が経つにつれて激しくなっていった。
私の身体を誰か別の人に操られている。
私は自分の体の感覚を感じることは出来るけど、どこか遠い場所で眺めている。
その感覚は日が経つにつれて深く、濃くなっていく。
エリカともう一人の友達と一緒にいる時、
「マイ。最近なんだか様子が可笑しいわよ」
「可笑しいって?」
「何か生気が無いっていうか。元気がない気がする」
「そう? いつもマイはこんな感じだと私は思うけれど。あまり喋らないし。反応もいつもと同じじゃん」
「確かに。でも、なんか、雰囲気がいつもと違うと言うか……」
そう。
それは本当の私じゃない。
流石、幼馴染のだけのことはある。
そうだ。
それは本当の私じゃない。
「でも、いつものマイと全然変わらないし、私の気のせいかなって」
もう!!
何なのよそれ!!
てへぺろじゃないわよ!!
もう、これどうしたら良いの?
今の私にはどうすることもできずにその日の学校生活が終わった。
私は家にさっさと帰り、早速電子眼鏡(Iアイ)を起動させる。
今日は六時からエリカたちと一緒に遊ぶ約束をしているのだ。
ネットにいる時も私は自分の身体を動かせないでいた。
そうだ。
また、先ほどの《自分》とは異なる異なる《自分》の存在を感じた。
私は先程の仮面とはまた異なる仮面を被る。
また、薄っぺらい自分の登場だ。
――――午後六時。
待ち合わせの場所で待っていると、一人の男性と共にエリカは現れた。
イケメンだった。
お人形さんみたいに可愛らしい彼女ととてもお似合いだ。
その時、自分の中にナメクジが体中を這うような気持ち悪い感覚に襲われた。
胸が針を刺されたかのように痛く、熱い。
「ねぇ、その人はだれ?」
本当は分かりきっているくせに。
なんでそんな分かり切ったことを私は質問をしているんだろう。
「彼氏。私の彼氏よ。本当は誰にも知られないようにしろって言われているんだけどね。親友のマイには知って欲しくて」
「そ、そっか……」
胸がチクリと熱くなる。
温かいとも違う。
複雑な気持ち。
心の中に靄が掛かっているかのようだった。
その後、仮想世界の中で私達三人はデートをした。
かなりいい雰囲気でやれたと思う。
三人でカラオケに行ったとき、私の反応に異変が起こった。
それはエリカがトイレに行った時だった。
なんと、私はエリカの彼氏を誘惑し始めたのだ。
甘い言葉を彼の耳元で囁き、素足を見せて誘っていたのだ。
ちょ、ちょ、ちょ……!?
こ、これは流石にやばいって!!
早くどうにかして止めないと!!
でも、自分の体なのに動かすことが何故か出来ない。
彼もまんざらでもない様子だし。
それに、何か連絡先も交換しているし!!
何で私の体なのに何にも出来ないのよ。
可笑しいでしょ。
自分はどうすることもできなくて。
無力で情けなかった。
その後、カラオケは何もアクシデント無く終わり、解散することになった。
その日から数日経った日のことだった。
私はエリカの彼氏と二人きりであっていた。
なんで……。
何でそんなことをするの?
私はエリカの親友なのに。
親友を傷つけたくないのに。
なんでこんな事をしてるの?
ファーストフード店に行って、楽しくおしゃべりしているし。
これって浮気なんじゃないの?
いや、まだ何もやってないし。
一緒にいるだけだし。
まだ、浮気と決まったわけじゃない。
何で私と一緒にいるの?
「あいつは可愛いし好きだけど、最近なんか飽きちゃって……」
は、はぁ!?
な、なに言ってんのこの男。
あり得ない!!
エリカは何でこんな男と付き合っているのか不思議。
三人でいる時はとても好青年だったのに。
「飽きた?」
「ああ。あいつ、いつも俺の事心配してくれて、優しくて寛容でとても彼女として良い奴なんだけど、なんていうか、刺激が無いっていうか……」
「それで、私を誘ってきたってわけ?」
「あ、ああ」
自信なさげに、頭をぽりぽりと掻いて答える。
「へ~。そうなんだ。それじゃあさ、エリカに秘密で私と少し付き合ってみない?」
え、えええええ!?
な、なにを言ってんのこの女!?
って、ええええええええええええ!?
「少しだけで良いの。実は、私、君の事会った時から、少し気になっていたんだ。エリカにばれないようにさ。一週間試しに付き合ってみて、それで駄目だったらいいし。ちょっと、キープ彼女みたいな感じで良いからさ」
ちょっとちょっとちょっとちょっと。
何言ってんの私!?
でも、体を動かすことができない私にはそれをどうすることもできなくて。
「分かった。そうしよう」
え、まじで!?
やっちゃうの!?
そこは否定しようよ。
やばいよ。
流石に。
その日から私は彼――――裕也ゆうやと付き合うことになった。
不本意な恋愛だったけれど、彼と過ごす時間はそれなりに幸せに過ごす事ができた。
秘密の恋。
ばれてはいけない恋。
いつかばれるかもしれない。
そんな緊迫感が一層私達の恋心を増幅させていった。
私はそんなことをしたくないのに。
本当はやってはいけないのに。
ある日、私と裕也はホテルで共に一夜を過ごした。
その日の朝学校に行くと、エリカが眉間に皺を寄せて校門で待っていた。
昼休みに体育館裏に来るように言われた。
――――昼休み。
「マイ。やってくれたわね。私の恋人を取って……。ねぇどういうつもりなの?」
「だって。裕也くん私といた方が幸せそうよ。それに、エリカと一緒にいるの疲れたって言っていたわ」
「マイちゃん、な、何を言って……」
「ねぇ、エリカ――――」
やめて。
お願い。
彼女との関係を壊さないで!!
「裕也君と別れてよ。私、彼と付き合うからさ。今の彼だったら、エリカより私の方が幸せに出来るわ」
違う。
私そんなこと一片たりとも思ってない。
「何で、何でそんなことを言うの……?」
エリカの双眸から透明な雫が零れ落ちる。
「私、マイちゃんのこと親友だって、友達だって思っていたのに」
彼女は桜色の唇を噛み締める。
「済まないけど、私は微塵もそんなことを思ったことは無いわ。寧ろ、エリカのことが邪魔だったくらい。エリカはいつも明るくてみんなの人気者でこんないつも教室の隅っこにいた私を日向まで連れ出してくれた。それが邪魔だったのよ。目障りなのよ」
「あ、う…………」
エリカは両目に水たまりを作って、強く唇を結ぶ。
次の瞬間、
「私――――」
としゃがれた声で言い、両手で顔を覆って逃げていった。
私、そんなこと思っていないのに。
何でこんなことになってしまうのよ。
なんで一番大切な友人を、親友を傷つけてしまうのよ。
止めて。
止めてよ!!!!
その日から、エリカとは一切話さなくなり、付き合っていた裕也君とも別れてしまった。
彼はそれでも電脳世界で時々私と会ってデートをした。
最低な男。
エリカへの気持ちは何だったの?
何で
私こんな思いをしないといけないの?
なんでこんなに苦しまなきゃいけないの?
友人の恋人を友人を傷つけてまで欲しくないのに。
何で私の心とは反対の事をしているの?
一体、だれが私の心を動かしているの?
私の体は彼と甘い夜を度々過ごした。
快感だけを、肉体欲だけを、性欲だけをハチドリの様に貪欲に貪る毎日を私の体は送った。
死ぬ覚悟はできていないのに。
この状況をどうにかしないと。
私の体をハックした誰かを突き止めないと。
私の日常が壊されちゃう。
このままじゃ、私の生活が無茶苦茶にされちゃう。
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