第49話 決着したんですが。

 まだ起き上がる力は残っている筈なのに、天雲アマクモ紫苑シオンは倒れたまま動かない。

 しかし、目はちゃんと開いていたし、瞬きもしてる。大丈夫。生きてる。


「……まさかキミが、こんな手を使うとは思わなかった……」

 天雲アマクモ紫苑シオンが、晴れた空を見上げながら、そうポツリとこぼす。

「こんな手も何も。これしか能力を奪う方法がなかったんだよ。私も好きでやったんじゃない」

 だから、朱鷺トキさんからその方法を聞いた時、メッチャ悩んだのだ。

 でも、なりふり構っていられない。

 キスの一つや二つ、必要ならガツンとやってやるのが大人の女だ。……だよね?

「なんだ……残念……。

 ねぇ、あの誘惑方法、他の男に使った事あるの?」

「誘惑?」

「寸止めの名前呼び」

 問われて過去の記憶をほじくり返す。

 なんか嫌な記憶も蘇りそうだったので途中でやめた。

「ない……よ。多分」

 相手を捕まえつつ、油断させて右手をフリーにする方法が、他に思いつかなかっただけだ。

「アンタさ、なんで仲間を裏切ってまで童子切どうじぎりが欲しかったのさ。

 アンタの言葉、未だに意味がよくわからない」

 あの日電話越しに天雲アマクモ紫苑シオンに言われた言葉の意味は、やっぱりよく分かってない。

 天雲アマクモ紫苑シオンは、視線を少し漂わせた後、一言

「遅い反抗期」

 とだけ告げた。

 ……それで、なんとなく分かった気がした。

「俺、どうなるのかな」

「知らない。それはきっと朱鷺トキさんが──」

 そう言いかけて、頭に浮いた事柄に思わず言葉が継げなくなる。

 蘇芳スオウさんの殺人の片棒を担ぎ、支局を──仲間を裏切って至宝を奪い、支局の存亡まで揺るがした人物を、朱鷺トキさんが果たして許すのだろうか?

 ……許すとは思えない。

 朱鷺トキさんは怖い人だ。

 もしかしたら、社会的に抹殺するだけでなく、実際に──

「ま、いいか。俺、今満たされてるし」

 そんなヤツの言葉に思考が中断される。

「……愛した女にキスしてもらった。濃厚なの。もう、それだけで充分。思い残す事はない」

「だからまだ言うかソレ……」

 懲りないヤツだな、全くもう。私に命乞いか?

「なんでアカネは信じてくれないの?」

「信じるも何も……嘘ついてたし。殺そうとしたし」

「……まぁ確かに。愛し方はちょっと歪んでる自覚はある」

 あれがちょっとかよ。

「本当に愛してるよ。このまま、キミに首を突いてもらいたいぐらい」

 ……歪みすぎだろ、それ。

「ねぇアカネ

 ずっと空を見つめていた天雲アマクモ紫苑シオンが、私の方へと視線を移した。

「もし、違う出会い方してたら、俺の事愛してくれた?」

 出会いから衝撃的過ぎて、他の出会い方なんて想像もつかない。

 例えば、能力とか源和げんわ協会とか、そういった事と全然関係ない場所で出会ったら……?

「……」

「最期なのに、嘘でも『そうだね』って言ってくれないの?」

「……嘘はもう充分」

「ふっ……そうだね」

 バタバタと、遠くから複数の人の足音が聞こえてくる。織部オリベさんとルリさんが来たのかもしれない。

 いや、もしかしたらこのビルの持ち主かも。ヤバイ。時間は昼頃だ。普通の人に目撃されててもおかしくない。


 そろそろ、終わりの時間だ。


「最期に、言いたい事はある?」

 切腹の介錯人のような気分で、天雲アマクモ紫苑シオンに尋ねてみる。

 多分……本当にこれが最期だ。

 彼は、視線を巡らせて空を見て、そして私の目を真っ直ぐに見た。

「……もう一度、名前を呼んで」

 その希望を、叶えない理由はないよね……


紫苑シオン


 聞こえるようにしっかりそう呼ぶと、彼は作り物ではないような、ほんのりとした笑みを、その整った顔に浮かべた。

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