第48話 敵を追いつめたんですが。

 生まれて初めての自由落下に、瞬間的に背筋に恐怖が走り抜ける。

 それなのに、一緒に落ちる天雲アマクモ紫苑シオンは私の目から視線を外さなかった。


 アカネ


 そうヤツの口が動いた気がするが──

「お前と心中する気は無いッ!!」

 全力でヤツを拒否し、ヤツの向こう側に視線を巡らせた。


 強化された視覚が、しっかりと周りの状況を捉えていた。

 ビジネスホテルの隣は背の低い雑居ビル。

 そのビルの屋上が先ほどの窓のすぐ下にあった事に気付いていた。

 あとは、その場所まで勢いをつけて飛び移るだけだった。


 隣のビルの屋上に着地した時の衝撃は、ヤツの身体で吸収する。

 ゴロゴロと一緒になって転がり、屋上のヘリにぶつかって止まった。

 それでも、私はヤツの手首から手を離さなかった。既に全身が痛いから、転がった痛みなど気にならない。

「ぐぅっ……」

 天雲アマクモ紫苑シオンは苦しそうにうめく。

 しかしまだ余力があるのか、掴まれたまま私ごと身体を返して優位な体勢に持ち込もうとした。

 でも私もそれを許さない。

「だらァ!!」

 筋肉に耐えられずに関節が痛みに悲鳴を上げていたが、構わず足も使って全力で彼の体を床へと押し付けてマウントを取った。


 いつかの逆である。

 あの時の屈辱は、私の心に傷として未だに残されていた。


「……捕まえた……」

 私は肩で息をする。しかし力は緩めない。ヤツも力を緩めてない為、掴みあった両手は力の拮抗で小刻みに揺れている。

 しかし落下の衝撃もあった為か、彼の腕には刀は握られていなかった。

「とうとう捕まえてくれたね」

 そんな事を言いつつも、天雲アマクモ紫苑シオンの抵抗をやめない。

「能力を返しなさい」

「それは出来ない」

「返さないと後悔するよ」

 そんな私の言葉を、天雲アマクモ紫苑シオンは鼻で笑い飛ばす。

「そんな風に脅しても、俺はコアを出さないよ」

「だろうね。分かってる」

「キミの体力はそろそろ限界だろう? それを待てば、俺の勝ちだ」

「……」

 そんな事だって分かってる。持久戦に持ち込まれたら私は敵わない。

 底上げした膂力りょりょくだけでマウントを取ってるだけなので、少しでも不利な体勢になっただけで返されてしまう。それも分かってて、私は天雲アマクモ紫苑シオンに顔を寄せた。

 ヤツの鋭い眼を縁取る睫毛が長いのがよく分かるほどの距離。

 私は敢えて、右手を解放する。

 予想だにしていなかったのか、天雲アマクモ紫苑シオンは驚いて私の眼を覗き込んできた。真意を知りたいのか。

 私は、右手で彼の頬をそっと撫でる。

 そして、本当にギリギリまで──あとほんの少し寄れば、唇が触れるほどの距離まで近づいた。

紫苑シオン……」

 喋ると、ほんの少し唇が触れた。

 彼は、名前を呼ばれた事に動揺したのか、瞳が揺れている。

 時間が静止する。

 少しの沈黙が流れ──


「キスする思った? その期待、応えてあげようか?」


 いつか言われた言葉を、そっくりそのままヤツに返す。


 彼が息を飲んだのが分かった。

 私は、ふっと笑みをこぼしその唇に自分の唇を寄せる。

 彼の身体が、一瞬ビクリと痙攣したのが分かった。それでも止めずに、舌で彼の歯を割り開く。

 そして──


 自由になっている右手で、私はライブラリのスイッチを押した。

 途端に全身に走る電撃。

 私は、ヤツの口が私の口から離れないようにガシッと顔を掴む。

 そして、口をつけたまま思いっきり息を吸い込んだ。


 相手が持つ能力を強制的に奪う方法。

 奪いたい能力を過去保持していた事のある人物が、文様が現れている部分を相手の肌に直接つけて、口移しする。その時、コアを移動させる為のエネルギーの代わりに、電撃を身体に通すという超荒技。

 私がつけたライブラリから放たれた電撃のエネルギーを、私の左掌の文様からヤツの身体に通す。エネルギーが能力のコアを押し出して、それを口で吸い取るのだ。

 過去、童子切どうじぎりを保持していた私にか出来ない事。


 ちなみに、私もメッチャ痛い。


 少しの間電撃の痛みに耐えていると、口から熱いエネルギーが体内に取り込まれたのを感じる。

 その瞬間、私は思いっきり天雲アマクモ紫苑シオンの身体を突き飛ばしてゴロゴロと床を転がって離れた。

 なんとか立ち上がり、左手をブンと振る。


 すると私の手の中に、黒い刀身が禍々しい日本刀が現れた。


「確かに……返してもらったよ。ありがとね」


 私は口を腕でぐいっと拭うと、倒れてグッタリしている天雲アマクモ紫苑シオンの首元に、刀のさきを突きつけた。

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