第46話 戦いの火蓋が切って落とされたんですが。

暴風ストーム!」

 そう叫ぶと、腕のライブラリからコードが伸びて体の中心に張り付いた出力部の水晶から、圧縮された空気が吹き出す。

 支えもなく半身を返していた私の身体は、斜め後ろへと吹き飛ばされた。


 しかし、お陰で天雲アマクモ紫苑シオンが振り下ろした刀が目の前を通過する。

 文字通り間一髪で避けられた。

 代わりにバランスを崩して壁にぶつかる。

 しかし、散々特訓した受け身のお陰で衝撃を吸収でき、一瞬ヨロけたものの転ばずに済んだ。

 ……っていうか、よくよく考えるとオカシイ。なんでいきなりコイツ激怒したワケ? 私に気のある素ぶりや言動は嘘だったワケでしょ?

 これじゃまるで──

 ノンビリ考えてる余裕もなく、天雲アマクモ紫苑シオンはすかさず腕を横にいできた。

 慌てて頭を引っ込めて避け、回転レシーブの要領で前に転がり、そのままの勢いで掃除が済んで開いていた空室の中へと飛び込んだ。

 ああ、昔から取ったなんとやら! 身体が覚えてて良かったー……

 しかし、そう何度も奇跡は起こせない。

 このままでは真っ二つにされるのは時間の問題だ。

 しかも、運の悪い事に、前転した弾みでイヤホンが取れてしまった。これではもう助けが呼べない。

アカネ……凄いじゃないか。この短期間でこんなに戦いに順応出来るようになるなんて。流石は、俺が惚れた女」

 これは褒めてない。焦れてる。簡単に殺せるであろうと踏んであなどっていた私が避けたから。

 次は確実に仕留めに来る。

 部屋の奥へと逃げた私を追って、天雲アマクモ紫苑シオンがゆっくりとした足取りで部屋の入り口に立つ。

「っていうかさ、アンタなんでキレてんの? 私の事騙す為に好きなフリをしてただけでしょ? 私を殺すのに、妬いてるフリなんか必要なくない?」

 ヤツの方を見つつ、私は後ろにジリジリと下がる。ヤツに見えないように、後ろ手で例のアレを出した。

「……なんで嘘だと思うの?」

 顔に影が差して天雲アマクモ紫苑シオンの表情がよく見えない。でも、目が怪しく光を反射しているのだけは見えた。

 其処には、そこはかとない冷たい何かあった。……もしかして、これが殺気というものかな。

「だって、アンタ何から何まで嘘ついてたじゃん」

「そうだね。最初は──嘘だったかな」

 最初は?

「でも今は違うよ」

 ヤツの顔が窓の光に照らされる。

 薄っすらと微笑んでいた。

「殺したいほど、愛してる」

「嬉しくない!!!」

 私は後ろ手で隠していたアイスピックの先のような太い針を、自分の太腿ふとももにぶっ刺した。

 激しい痛みと共に、全身に激しく血が巡る。

 自分の耳に自分の血流の音が聞こえた。

 目が冴えて視界が晴れて全てのものがハッキリ見えた。

 身体が軽く感じ力が溢れてくるのを感じた。

 ──身体能力を増強したのだ。

 私の右手の甲に緑の文様が光り浮かび上がっているのを見て、天雲アマクモ紫苑シオンは目を剥いた。

「それは……まさか織部オリベの?!」

「借りたのよ!!」

 そう咆哮し、私は部屋に置いてあったルームライトを掴んで殴りかかる。

 しかし、天雲アマクモ紫苑シオンは刀で庇った。

 想定内!

 私はそのままルームライトから手を離し、ヤツの腕に掴みかかった。

 このまま──

「でも、弱いね」

 私の耳に、ヤツの呟きがハッキリ聞こえた。

 私が手首を掴んだまま、ヤツは腕を振り上げる。そのまま身体が持ち上げられて宙を舞った。

 ウッソ?! 私そんなに軽くないよ?!

 視界が反転し、そのまま部屋の壁に叩きつけられる。なんとか受け身を取って衝撃を殺したが、私の身体はそのまま下へと落っこちる。

 下がベッドだった為、幸い硬い床に頭から落ちることはなかったが、逆に柔らかくて素早く立ち上がることが出来なかった。

 顔を上げると、天雲アマクモ紫苑シオンが嬉しそうに微笑んでいた。


「さよなら、俺のアカネ

 ヤツは片腕を引いて、もう片腕を振り上げたのが見えた。その両手に握られた刀の刀身が赤く光っている。

 避けきれない──

 視覚も強化されていたせいか、ヤツの刀が私に迫り来るのが、酷くゆっくりに見えた。

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