第45話 予想だにしなかったんですが。

 全く予想だにしてなかったので咄嗟とっさに声が出ない。


「……とうとう、逢いた過ぎて幻が見えちゃったかな? それとも、運命の再会?」

 そう彼は──天雲アマクモ紫苑シオンはフンワリ笑った。


「こちらアカネ! ヤツと十階エレベーターホールで遭遇!! 至急応援を!!」

 イヤホンに向かって全力で叫ぶ。

 同時にヤツに掴みかかろうとして、逆に片手を掴み返され口を塞がれて、エレベーターの中へと押し込まれた。

 エレベーターの扉が閉まる。そのまま下へと移動をし始めた。

「折角の逢瀬に他人を呼ぶなんて酷いな」

 壁とヤツの身体に挟まれて身動きが取れない。天雲アマクモ紫苑シオンは顔を寄せてきて耳元で優しく囁いた。が、反して手首は折れそうなほど強く握られている。

 声を出そうにもガッチリ塞がれてムームー唸るしか出来なかった。

 イヤホンからブツブツと誰かが喋ってる音が聞こえるけど、エレベーターの中のせいかよく聞き取れない。

「やっぱり、あの電話はキミたちの仕業か。もしかしてとは思ってたけど……こんなに早くここを突き止めてしまうなんてね。これも愛のなせる技?」

 コイツ……ここに来てもまだそんな事をッ……

 空いてる方の手で何とかヤツの手を外そうとするが、凄い力で手も足も出なかった。


 チンっ

 エレベーターが何処かの階で止まる。

 扉がゆっくりと開くと──

アカネさんッ!!」

 聞き覚えのある男の叫び声がした。

 織部オリベさんだ。

 彼は私の腕を押さえつけている天雲アマクモ紫苑シオンの腕を掴むと、グルリと後ろへとひるがえす。

 織部オリベさんは特に力を入れたようにも見えなかったけれど、天雲アマクモ紫苑シオンはアッサリ私から手を離し、後ろへとフワリと飛んだように見えた。

 そしてクルリと宙を一回転し、ズダンと床へと叩きつけられる。

「やるじゃないか織部オリベ

 間髪入れずに床から飛び起きると、すかさず距離を取りエレベーターホールで身構える天雲アマクモ紫苑シオン

 織部オリベさんは背中に私を庇いつつも、エレベーターが閉じないように足で扉を止めていた。

「ルリさん! 五階エレベーターホールです!」

 イヤホンに向かってそう叫んでから、天雲アマクモ紫苑シオンに向かって右掌を向けた。

針嵐ニードル!!」

 その叫び声と共に、織部オリベさんの右手にめたグローブの中央から、何本もの太くて鋭い針が射出される。

 天雲アマクモ紫苑シオンはしゃがんでそれを避けると、廊下方面へとダッシュして逃げて行った。

「ルリさん! 返事を!」

 織部オリベさんとヤツを追いかけながら、私はイヤホンでルリさんに呼びかける。

 しかし

「あーごめーん。私もたった今八階で筋肉男と遭遇ー。交戦中ー」

 おおよそ交戦中とは思えないノホホンとした声が返ってきた。絶対そんなノンビリした状況じゃない筈なのに。

「あー。ケバ女も来たー。ちょっとヤバいかもー」

織部オリベ! ルリが苦戦してるぞ!」

 ゲンさんからもそんな声がかけられた。

 あ、そうかルリさんは──

織部オリベさん!」

 私は前を走る織部オリベさんの肩を掴んで足止めする。

「ルリさんの所へ行って下さい!」

「でも──」

 そう言い募ろうとした織部オリベさんの胸に手を置いた。

「命が優先です。今のルリさんでは対応出来ない」

 そう伝え、そっと彼の胸を押した。

 彼の身体から私の手が離れる瞬間、グッとその手を織部オリベさんに掴まれる。

「恐ければ、逃げたっていいんですからね。逃げても、誰もアカネさんを責めない」

 彼が心配げな顔で私を見下ろしていた。

 笑顔を、返事として返す。

 スルリと私の手を離した織部オリベさんは、エレベーターの方へと走って引き返して行った。


織部オリベも落としたの? アカネは魔性の女だね」

 逃げた筈の天雲アマクモ紫苑シオンが、廊下の行き詰まりの壁にもたれ掛かりながらそうボヤく。

 腕組みし、珍しく眉根を潜めて不機嫌そうな顔をしていた。

「そうだよ? どこかのクズ男は私から大切なものを奪って逃げちゃったんだもの。

 そんな過去の男はサッサと忘れて新しいのに乗り換えるのが、賢い女の生き方なんだよ」

 そう応えつつ、ある程度近づいてから足を止めた。

 あまり近寄るとまた掴まれてしまう。

「ふーん……」

 ポンポン軽口が出てくる天雲アマクモ紫苑シオンが、珍しく口をつぐむ。

 顎を一度スルっとさすり

「……面白くないな」

 まるで、私を射抜くかのような鋭い視線を向けてきた。


 ……嫌な予感。


 ヤツが腕を解くと、その両手にズルリと二本の日本刀が現れた。

 前と違い、その刀身は黒に近い闇で塗りつぶしたかのような禍々しい色をしている。

 ──あれが、蘇芳スオウさんの能力と、天雲アマクモ紫苑シオンの能力が混じった結果か。一本でも凶悪そうだったのに、二本になって更にヤバイ雰囲気を醸し出していた。

「……人に盗られるぐらいなら、いっそ──」

 ヤツから発せられる冷たく鋭い圧力に、ジリリと私は後ろに下がる。

 おかしいな、わたしが捕まえに来た筈なのに?

「──盗られる前に壊してしまえば、俺だけのものになるよな」

 あー、そのパターン?

 ヤツが動く前に私は身を翻して全力で走る。

 後ろで、床を強く蹴った音がした。

「他の冗談は受けるのに、なんでこのネタはダメなワケ?!」

「その冗談は笑えない。それに、冗談にも思えない」

「冗談だよ冗談!! 織部オリベさんとは何にもないよ!!」

 って、なんで私が浮気の言い訳みたいな事を言わなきゃなんないのッ?!

「嘘だ。織部オリベのあの顔は絶対何かあった」

 後ろも見ずに逃げるが、ヤツの声がさっきより更に近くで聞こえた気がした。


 その恐怖に思わず振り返る。


 すぐそばで、刀を振り上げた天雲アマクモ紫苑シオンの姿が目に入った。

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