第42話 計画を実行するんですが。

 支局の部屋には、沈黙の時間が流れていた。


 これから、計画を実行する。

 緊張で胃がキリキリしてきた。

 上手く行くといいな……じゃないと。

 ルリさんは楽しげに鼻歌でも歌い出しそうな感じて席についてるけれど、織部オリベさんは顔色が土気色してるから。

 あれ、ヤバイよね。


 壁にかかった時計が十時を示した。

 それを合図に、朱鷺トキさんはデスクの上の電話の受話器を取る。

 そして、天雲アマクモ紫苑シオンが勤めているとおぼしき会社の代表番号に電話をかけた。

「もしもし、ごめんなさいね。ちょっと確認したいことがあってご連絡しましたの。先日そちらの営業の天雲アマクモ紫苑シオンさんへ発注に関わるメールをしたのですけど、それについて取り急ぎ確認したい事があって。お繋ぎいただける?」

 言葉を途切れさせずに、流れるように適当な事をまくしたてる朱鷺トキさん。

 勿論嘘だ。

 電話が始まってから、ルリさんはパソコンモニターを凝視している。

 私はルリさんの後ろに立ち、同じくモニターを見ていた。

「部署名? えーとなんだったかしら……手元にお名刺がないのよねー。ごめんなさいねー。最近物覚えが悪くってオホホホ」

 物腰柔らかい感じでいてゴリ押し感がある。

 さすが朱鷺トキさん。

「あら! 調べてくださるの? ありがとうー。助かるわー」

 こうやって、会社にかけてそこに天雲アマクモ紫苑シオンが在籍しているかの確認をさせるのだ。

 アイツの名前が、漫画の主人公みたいに珍しい名前だから出来る作戦だ。

 私の『山本ヤマモトアカネ』では使えない技である。

「あら、そうなの? まぁ! では会社を間違えてしまったのね、申し訳ないわー。

 ごめんなさいねお手数をおかけしてしまって。

 それでは、ごめんください。失礼します」

 ガチャン。

「一軒目は外れ」

 受話器を置いて、朱鷺トキさんはフゥと一度息をつく。

 それ以上に盛大な溜息ためいきをついたのは織部オリベさんだ。朱鷺トキさんが電話をかけてる間中、息を止めていたみたい。緊張し過ぎ。

「残念ー。次いきましょ次ー」

 全然気にしていない風のルリさんは、モニターから視線を外さずウキウキした口調でそう催促した。

 朱鷺トキさんも、再度受話器を取って二軒目に電話をかけ、同じようにまくし立てた。

 しかし、そこも空振りだった。


 朱鷺トキさんが、三軒目に電話をかける為に受話器を取る。

「ルリ、いいかい?」

「もっちろーん」

織部オリベ、息しな」

「……無理です……」

 一度そんなやり取りを行ってから、朱鷺トキさんは三軒目へと電話をかけた。

 最初のやり取りは先の二軒と同じだったが──

「そうそう! そうだったわ! お繋ぎ頂ける? 少し急ぎなの。私これから出張で飛行機に間に合わなくなりそうで。急かせてごめんなさいね」

 ……来た。

 この会社で当たりだ。

 さて。ここからだ。

「あら、課長さん? どうもお世話になっておりますー。天雲アマクモさんはいらっしゃいます?」

 朱鷺トキさんのその言葉で、私たちの間に緊張が走る。

「あら、お休みなの? そう。ご病気? あらあらそうなのー。それは困ったわー」

 ……ここまでは想定内。

 もし会社に出勤してるなら会社の入り口を監視すればいい。

 もしいないなら──

「この間発注をかけさせていただいたのだけれど、そのメールを早く確認していただきたくて個人携帯の方へ送ったの。

 でも、送った内容に一部間違いがあったような気がして確認していただきたくて。でもねーこの間私のパソコンが壊れてしまって送ったメールが私の方でも確認できなくなってしまったのよ。

 申し訳ないけれど確認して頂くようにお願いしていただけるかしら? じゃ、お願いね。それではごめんくださいね、失礼しますー」

 ガチャン。

 凄い。朱鷺トキさん一息で言い切った。

 相手に口を挟む時間を与えず立て板に水状態。

 しかも、意図的にこちらの名前を伝えてない。

 発注確認──つまりお金に関わる事で信用にも繋がる。

 確認しないワケにはいかない……筈。

 ルリさんはモニターを凝視している。

 表示しているのはとあるツールの地図──GPSと連動したもの。

 今は地図だけで他に何も表示されてはいない。

 痛いほどの緊張が部屋に充満する。

 私も緊張で息苦しくなってきた。

 織部オリベさんに至っては……また顔が土気色。死ぬのかな。

「来ましたー!」

 ルリさんが叫ぶ。

 モニターの地図に赤いマークが表示された。

 GPSによる位置情報──天雲アマクモ紫苑シオンの個人スマホにルリさんが以前こっそり仕込んでいたアプリが発信しているものだ。

 ヤツがスマホの電源を入れたのだ。──朱鷺トキさんが電話した嘘の発注メールを確認する為に。意外とアイツ、仕事は真面目にやってるんだな……。

 ちなみに、何でそんな盗聴アプリまがいのものを、ヤツのスマホに勝手に仕込んだのかとルリさんに聞いてみたら一言、『嫌いだから』と満面の笑みで返された。……敵に回さない方がいいタイプだな。

「場所は……墨田区ですねー。近くにいたんだなー。あ、ビジネスホテルだー。織部オリベさん、このビジネスホテルについて検索してもらえますー?」

 その言葉で顔色が復活した織部オリベさんがキーボードをカタカタと叩く。

「……あ、このビジネスホテル、聖皇せいこう学会の系列ですね。ビンゴです」

 GPSの信号はまだ途切れていない。まだバレてない。


 私たちはバタバタと準備をする。

 バレて逃げられる前に動かなければ。

 ルリさんと織部オリベさんは、荷物を持って階段を駆け下りて行った。

「では、行ってきます」

 私は、朱鷺トキさんに一言そう告げる。時間も惜しかったのですぐに出口へと向かった。

 その背中に

「派手にブチかましといで」

 朱鷺トキさんはそう、激励の言葉をくれるのだった。

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