第40話 本音を漏らしてしまったんですが。
自宅のベッドで横になりながら、下にしててマットレスに押し付けられた肩がそろそろ痛ェなぁと思いつつも、動けずに悶々としていた。
付けてるコルセットが苦しい。
背骨の何とか突起? 部位名はよく分からないけれど、幸いその部分の軽いヒビで済んだ。でも、寝返り打つなとか無理難題を押し付けられる。
寝てる時に意識があるかい。
「あの……何が飲みますか?」
寝室の入り口からヒョイっと顔を出したのは
病院へ同行してくれて、ここまで送ってきてくれたのは彼だ。
ルリさんが付き添いを申し出てくれたけど、私はそれを丁重に断って、代わりに
お願いした時の彼の慌ててっぷりは相変わらず。
別に慌てふためき顔色をコロコロ変える彼の様子を見たかったのではなく──一つお願いしたい事があったのだ。
「冷蔵庫に麦茶が入ってるのでそれを。あ、
そう告げると、しばらくしてから彼がコップに入った麦茶を持ってきてくれた。
喉がカラカラ。早く飲みたい。
私は腕をついて上体を起こそうとして──背中に走った激痛に、再度ベッドに突っ伏した。
いってェ……
「
慌てて駆け寄ってきた
……介護されてる婆さんの気分だ……
口元までコップを寄せられ、それを受け取って飲み下す。
一息ついて空になったコップを
彼に上体を支えられている為、間近に彼の顔があった。
「
改めてそう口にすると、
「なっ……ななっ……何を?!」
あ、声が裏返ってる。
「変な事じゃないから大丈夫だよ」
その慌てふためきっぷりに笑えてきた。が。いたたたたたた。笑うと痛いっ。
「いってて……いや、お願いっていうのはさ。少しの間だけ治療に集中したくて。背中だけじゃなくて、打撲の部分とかも実はまだ痛いし。動くのも実は結構シンドかったりして……」
そんな私の言葉を聞いて
「だから安静にって言ったのに! 身体を休めなければ、
と、相変わらずこういった事だけには
「すみません……」
言い訳のしようもない事だったので、素直に謝った。
「あっ……やまったって……治りませんからね。ちゃんと安静にして下さいよ」
「はーい」
「最初からそんだけ素直なら……」
「あ、だから今日は泊まり込んでね。申し訳ないけど早く治したいから。あ、今度お礼はするよ。考えておいて」
「もう、仕方ないで──泊まり込みッ?!」
あ、また声が裏返った。
突然私の身体から手を離してズザザッと
支えを失ってバランスを崩し、私は慌ててマットレスに手をついた。また背中に激痛が走り、ヘナヘナと突っ伏してしまう。
「あああっ……つい。すみません……」
アワアワと手を出そうとして、触っていいものやらと手を浮かせ、出したり引っ込めたり。……だからなんの踊りだそれは。盆踊りか。
「じゃあ、早速で悪いけど……まずはこの骨折をなんとかしたい。これじゃあマトモに動くこともできないから」
私は突っ伏したまま、上着を脱いでコルセットを外す。モゾモゾ何とか動いてマットレスにうつ伏せに横になった。
「ああああっ……
「じゃあ早く覚悟決めて。こっちだって、彼氏でもない男に背中とはいえ裸晒してんだから」
「ッ……」
「……分かりました」
覚悟を決めた静かな声。
少ししてから、背中にツプッと何かが刺された感触が。すると、だんだんじんわりと背中が暖かくなってきた。
途端に全身に襲ってくる倦怠感。
マットレスに沈み込んで行きそうなほど全身の重さを感じた。
「……背中も、痣だらけですね……」
静寂の中、ポツリと
電気はつけられていないから、リビングから漏れてくる光だけしか部屋には射し込んできていない。
「ああ……今日のと……あとは、監禁されてる時に蹴られたりしたし、車から投げ捨てられたしね……」
身体と一緒に沈んで行きそうな意識を少しだけ覚醒させて、そう返答する。
「……それに。いくら治療の為とはいえ、医者でもない男にそこそこ太い針を何本も背中に刺されるって……その、怖くないんですか?」
彼からの質問は止まらない。
……何か、思うところがあるのか。
「……怖いよ」
そこは正直に言った。
「じゃあ何で──」
「信じてるから。
現に、ちゃんと傷は通常では考えられない程の速度で治っていってる。擦り傷なんて、もう
「僕は……」
絞り出すかのような、
「信じてない……」
少し、声が震えてる。
「何で……?」
「僕には、
僕は
いざって時に動けないし……」
ポツポツと語られる彼の弱音。
確かに、私も
ビビりだし、すぐテンパるし、なかなか行動に移せないタイプだ。
分かる、その気持ちは。
分かるから余計に──イライラした。
「
少し強い言葉でそう反論すると、
「そんなっ! そんなつもりは全然──」
「ない事は分かってるよ。でも、自分を卑下する事で、結果そうなってしまってるんだって。
まずはね。
「それに、私の事も。
私が強い? 私がこんなになっても、平気だと本当に思ってンの?」
「平気だとは思ってないです。
……でも、実際こんなになっても、
「好きで戦おうとしてないよ!」
怒りに任せて上体を起こす。背中に痛みが走ったけれど気にしない。
驚いた顔で
「私の為に、
私が馬鹿だから、能力が奪われた!!
しかもそのせいで支局が潰されそうになってんだよ?!
全部私の責任なのに、私が指くわえて他人に全部任せて、
全部忘れて、のほほんと生きてるワケにはいかないでしょうがッ!!」
どんどん怒りが湧いてきて勢いを止められない。
分かってる。
この怒りは
「怖いよ……。今まで殴られた事も無かった。蹴られた事だってなかった……
痛いの嫌だし、震え上がるほど怖い。
でも……逃げたら……一生後悔する……。
例え
彼の胸倉を掴んでいた手から力が抜ける。
身体を起こしていられなくて横へと揺らいだ。
咄嗟に
「……怖いよ……」
突然、目を開けていられない程の睡魔に襲われる。腕もあげられない。
ああ、体力の限界なんだ……意識が、途切れそう。
「……怖いんだよ……」
何とか、その気持ちだけでもと、言葉を絞り出した。
意識を手放す瞬間、身体が何か温かい物で包まれたような気がしたけれど、それが何なのか分からなかった。
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