第39話 必要機材を確認してたんですが。

「──で、『暴風ストーム』を使った時にゃ、この出力部分から風に変換されたエネルギーが出る。出力の強さは入力のエネルギーの強さに比例する。

 ただし、入力部の後に抵抗を通るようになってて、通すエネルギーは制限させてる。あまりに強ェエネルギーを通すと出力部が耐え切れずにブッ壊れっからだ。

 だから全力で使っても威力の最大値は変わらねェ。

 いいか。この出力用水晶は高ェんだ。壊したら弁償してもらっからな。

 他の『氷結フリーズ』、『雷電ライトニング』とかも同じだ。

 ただし、ここをこうやってからブレ──」

「ゲンさーん!」

 稽古場でゲンさんにライブラリの仕組みから使い方を聞いていると、扉付近から明るい女の子の声が掛けられた。

 ピョンピョンとジャンプして、着ている猫耳フードについた長いシッポを揺らした、柚葉ユズハだ。


「ん? だーれ?」

 ゲンさんに駆け寄りながら、柚葉ユズハはキョトンとした顔でゲンさんの前に座る私の顔を覗き込んで来る。

「私はアカネ。ここのみんなの友達だよ。貴女の事はゲンさんから聞いてる。柚葉ユズハ、だよね? 柚葉ユズハは私とも友達になってくれる?」

 私は出来るだけ朗らかに笑い、小首を傾げて柚葉ユズハにそう尋ねてみた。

 柚葉ユズハはチラッと一度ゲンさんの顔を横目で確認する。彼が小さくコクッと頷くと、弾けんばかりの笑顔で私の身体に抱きついてきた。

「なるー!」

 私の身体をぎゅーっと抱きしめてくる彼女の背中をポンポンと叩き、少しだけ複雑な気持ちになった。

 今見ている柚葉ユズハは、この間見た時の柚葉ユズハと、なんら変わりがないように見える。

 この間見た柚葉ユズハと今日見ている柚葉ユズハが、とは到底思えない。

 彼女は以前私と会って、私に色々な事を教えてくれたのを覚えてないのだ。

 私が立膝になって彼女の身体を離すと、八重歯を見せてニッコリと笑う柚葉ユズハ

 ──もう、私が怖がっていない事を、柚葉ユズハは分かっているのだろう。


「ゲンさん今何してるの?」

 私の身体から離れた柚葉ユズハは、畳の上に膝をついて、ゲンさんが手にしているライブラリをマジマジと見つめた。

「ライブラリの説明だよ。こっから使ったりもすっから危ねェぞ」

 ゲンさんが柚葉ユズハにそう釘を刺すのとほぼ同時に、柚葉ユズハはゲンさんが持つライブラリに手を伸ばした。

「ふーん。ストームかぁ」

 柚葉ユズハがポツリとそう呟いた瞬間──


 ゲンさんが出力部だと説明した部分に付いている水晶が高音を発しながら振動し、緑色に激しく輝いた。


「あ──」

 ゲンさんが危険を叫ぶ前に、その出力部から猛烈な風が巻き起こる。

 運悪く目の前に立膝をついていた私の身体に、圧縮した空気が叩きつけられた。

 見えない分厚い布団のようなものに斜め下から殴られたかのような衝撃を全身に受ける。

 瞬間的に、驚くゲンさんと柚葉ユズハの顔が見え──


 背中に物凄い衝撃を受けて息が止まった。


織部オリベ! 来い!! 稽古場だ!!」

 ゲンさんが叫んでいる。

アカネさんッ……」

 柚葉ユズハの叫び声が揺れてる。


 あまりの痛さに声が出ない。

 目も開けられない。


 バタバタとした足音と共に、誰かが近くに駆け寄ってきたのが分かる。

「ルリ! 救急車呼べ!」

「ゲンさん、何があっ──アカネさん?!」

 ああ……織部オリベさんも来た。

アカネが背中から壁に叩きつけられた。どっ……どうすりゃいい?!」

「ええと、ええと……まずは動かさずに……アカネさん?! 痛い所は!?」

 ゲンさんと織部オリベさんの慌てた声……

「背中……」

 辛うじて出来る呼吸と共に、そう吐き出した。

「ッ……」

織部オリベ?!」

「脊椎損傷の可能性がありますね……救急車をっ……」

「ルリに頼んだ」

 ……救急車……


 私は震える手を床につき、なんとか上体を起こそうとする。

アカネさん動いちゃダメです!」

 私の身体に触らないようにそう制する織部オリベさんの手に、私から掴まった。

「……ここから早く移動しないと……」

「何で?!」

「ビルの地下に……入られたくないでしょ……見られちゃマズイものとか……ありそうだし……」

「そんな事気にしてる場合かッ!!」

 ゲンさんの怒鳴り声。これは怒ってるんじゃない……心配してるんだ。

 次いで織部オリベさんも珍しく語気を強めて私をたしなめる。

「そうですよ! それより、下手に動いたら悪化して、最悪──」

「気にしてる場合だよ……もう、私のせいでこの支局に迷惑を掛けたくない……」

「ッ……」

 織部オリベさんが言葉を詰まらせた。

「階段から落ちた事にしましょう……二階から……一階に降りようとして足を滑らせた事に……」

 私がそう呟き、なんとか立ち上がろうとすると、織部オリベさんが私に肩を貸してくれた。

織部オリベ?!」

「行きましょうアカネさん。……ただし、ここからは絶対安静ですよ? 分かりましたね」

「はーい……」

 私と織部オリベさんの決意に、ゲンさんはもう口を挟まなくなった。

「ああもう! どいつもこいつも!!」

 そう、自棄ヤケっぱち気味に叫ぶと、先回りして扉を開けてくれた。

 そこから出る前に私はふと思い出して、ゆっくり振り返って棒立ちになっている柚葉ユズハに声をかけた。

「大丈夫だよ……ちょっと病院行って……また元気に戻ってくるからね……また明日。

 ……あ、日記に書いちゃダメだよ? 明日の柚葉ユズハが困っちゃうからね……」


 柚葉ユズハは、唇を噛み締めてボロボロと涙をこぼしながらも、首を縦に激しく振ってうなずいていた。

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