第35話 敵の正体が分かったようなんですが。

「SNSのデータはどうなんだい?」

「今ロード中です。少し時間がかかっています。データベースのチューニングはアカネさんが予想値をもとに既に設定して下さったんで、ロードが完了し次第検索かけられます」

「そうかい」

 朱鷺トキさんが、着物の袖に両腕を突っ込んで腕組みしながら、織部オリベさんからの報告にため息を漏らした。

「どうしたんですかー? 昨日本部で嫌な事言われちゃいましたかー?」

 ルリさんがモニターから視線を外さず問いかける。

 朱鷺トキさんは、自分のデスクの椅子に深く腰掛けて目頭を揉みほぐした。


 翌日日曜日。

 あまり寝れなかった私は早朝に支局へと赴き、必要な設定などを行なう事にした。

 事務所の入り口には鍵がかかっていなかった。中に入りいつもの部屋へと来ると、織部オリベさんが椅子を並べてその上で寝こけているのがすぐに目に入った。どうやら泊まり込んだよう。……障害対応の修羅場でよく見る光景だね。

 私は自分のノートPCを持ち込み、ルリさんの隣の机に陣取って作業を開始した。

 暫くすると朱鷺トキさんが降りてきて、その後すぐにルリさんが出勤。ルリさんは迷う事なく織部オリベさんの元へと赴き、『ジェンガー』と言いながら並べてる椅子の真ん中を抜いていた。……鬼か。


 そんなこんながありつつ今。

 珍しく、ゲンさんもこの部屋に来ており、応接室のパーティションを取っ払って、ソファに座ってコーヒーを飲んでいた。

 柚葉ユズハのことを聞いたら、いつものビル探検の最中だそうだ。

「情報共有だよ……まずは。天雲アマクモと一緒に行動してる二人の人間の正体が分かった」

 全員の顔にゆっくり視線を這わせながら、朱鷺トキさんが口を開いた。

 その言葉にドキリとする。手掛かりの一端だ。しかし、朱鷺トキさんは厳しい顔を崩さない。

「二人は……あの聖皇せいこう学会の会員だった」

 その言葉に、私以外のメンバーがザワつく。

 私一人が疑問顔。

「セイコウガッカイ?」

「あー。簡単にいうと、同業他社でーライバルですねー」

「ライバル?」

「同じく特殊技能集団ですよー。ただ源和げんわ協会より大きくて過激思想の団体なんですー」

「……ここの人たちだって充分過激なのでは……」

「まぁちげェねェけどよ。そういう過激じゃねェんだよ」

 ルリさんの説明を引き継いだのは意外にもゲンさんだった。

「アイツらは能力至上主義だ。能力がなけりゃ所属できねェ。

 ……蘇芳スオウを引き抜こうと、暇がありゃあリクルートかけてきてたヤツらだよ」

 苦々しくそう吐き捨て、憮然としてコーヒーをあおった。

「……ただね、聖皇せいこう学会とは不戦協定を結んでる。小競り合いはあるにしても全面的にぶつかる事はないんだよ。

 だから、あの二人は学会の組織的活動とは別のところで動いてるんだろうね。

 ……蘇芳スオウの能力で、天雲アマクモが二人を釣り出したのか、それとも逆か……」

 そこで一度朱鷺トキさんは言葉を切り、深くまたため息をつく。

「……天雲アマクモはいいとして、学会員が相手とすると、こちらも源和げんわ協会として出張でばることが出来ない。不戦協定があるからね。少なくとも、表立って動けないよ。やるなら、暗黙的にしなければ」

 なるほど。これが、さっきから朱鷺トキさんが難しい顔をしている理由か。

 例えばコレを国に置き換えて考えると簡単だ。

 A国の人がB国の人に何かした時、B国が国として対応しようとするとA国との外交問題に発展しかねない。だから、B国側も個人が個人として対応をしなければならないという事か。……合ってる?

「少なくとも私は動けない。だから今回の事は、ルリ、織部オリベ、そして山本ヤマモトさんだけで対処してもらうよ。

 ゲンの力は存分に借りるといい」

 朱鷺トキさんが顎をしゃくってゲンさんを指し示したのでそちらを見ると、ゲンさんはまた不機嫌そうに眉根をガッツリ寄せて腕組みしていた。

 でも一言

「任せろ」

 と、心強い言葉をくれた。

「……ただね。今回そっちの件は大したことないんだよ。問題は本部の方だ……」

 更に難しい顔をして、朱鷺トキさんは痛そうにこめかみをさする。頭が痛そうだ。本当に。

「……言いにくいんだけどね。本部から厳命が来たよ。一週間以内に、蘇芳スオウの能力を取り戻せない場合には、この尾久支局は取り潰しだそうだ。……蘇芳スオウの能力の喪失責任としてね」


 取り潰し……?

 何それ。本部は味方じゃないの……?


 朱鷺トキさんの言葉に、私以外のメンバーそれぞれが言葉を失ってしまっていた。

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