第33話 身体がズタボロなんですが。
「
医務室のベッドの上、私の腕に細い針を刺しながらそう尋ねてきたのは
「勿論。生粋の社畜だよ」
針の刺された腕をジッと見つめながらそう返答すると、『生粋の社畜って何……?』と
私は今、
ただし治療と言っても、治しているのは私自身。
増強するものは、特殊能力から普通の筋力まで様々。
今は私の腕に刺して、自然治癒力の速度を上げてもらっていた。
「はい。このまま暫く針を抜かずにいて下さいね。かなり疲れますから、安静に」
「はーい」
「
「知ってますよー。まだ大丈夫、腕ぐらいなら。また後で背中とか刺すんでしょ? その時は寝るつもりだから」
「今も! 寝てて下さいよ!! 自然治癒力の底上げって、
私の背中に追い
そんな彼に、横顔で呟いた。
「……
「え?」
「
「えっ……?!」
途端に私の肩から手を離し、顔を真っ赤にして棒立ちになる
今がチャンスと、私は彼を置いて階段を駆け上がって行った。
「ちょっ……今のは反則ですよ! やまも──……あ、ああ……
そんな彼の悲痛な叫びが聞こえたけれど、私はそれを無視した。
支局ビルの事務室に戻ると、席についてモニターにへばりつくルリさんと、それを後ろから難しい顔をして見ている
他には誰もいない。今日は土曜日だからだ。
「どうですか?」
私の質問に、
「そうですか……」
予想通りの返答だったが、
「スマホをOFFってGPSで追えないようにしてるのは、まぁ当たり前だとは思ったんですけどー。
まさか、とっくに引っ越しててー、さらにその上で会社もとっくに辞めてたなんてー。
まぁ、こんな事やらかすんですからー? 用意周到で当然ですよねー」
ルリさんがモニターから視線を外し、うーんと伸びをしながらそうボヤいた。
今は、
しかし、支局に登録されていた住所にヤツは住んでおらず、また申告していた勤務先にも既に勤めてはいないという事が分かった。
状況はあまり
住んでる場所も会社も変えているという事は、今回
どんな覚悟を持って事に挑んだのか。
そんな素振りをカケラも見せていなかったという事に、若干の恐怖を感じる。
ヤツは、何もかも嘘をついていたのだ。
そう、何もかも。
「会社が分かれば監視出来たんですけどねー。流石に長期間は会社休まないでしょうしー。
……あ、そんな事ないかー……実家がお金持ちですよね彼ー。だとしたら今仕事してないかもなー」
自分の両方のこめかみをグリグリしながらルリさんが愚痴る。
「……お金持ち?」
「そうですよー? あ! もしかして『惜しい事した』とか思ってますー?」
「……冗談」
「
「ルリ、いい加減におし」
「あの子は本部からの紹介だと前に言った事があったろう。……あの子はね、本部役員夫婦の一人息子なのさ。不動産絡みの一族でね。
「うわっ……」
なんか、漫画でよくある設定っぽい……顔立ちといい生活環境といい、ウザいぐらいの王子系キャラかよ。そんな人間本当に現実世界に存在してたんだ……
「……あ、それなら……」
私は、とある事に気がついた。
「パソコン借りていい?」
そうルリさんにお願いすると、一瞬ルリさんと
しかし、
「SNSを検索します。顕示欲の強いタイプなら、もしかしたらやってるかもしれないし」
ルリさんの代わりに席に着き、私はキーボードを叩いてヤツの名前でSNSのユーザー名検索をかける。
が、それらしい人物は出てこない。
流石に本名じゃやってないか……
「うーん。流石にそんなヘマはしないでしょうねー。やってるとしたらハンドル名使ってるでしょうしー。それだと分かりませんねー」
ルリさんが私の肩をポンポンと叩く。
そこへ、やっと
今まで何してたんだか。
「あ……
何やら慌てた様子の
「じゃあ、
「何をっ?!」
「あ、そうだね。出会い系サイトとか?」
「やめてっ!!」
「焦ったって事はー。心当たりがあるって事ですねー?」
「お願いマジで勘弁して!!」
「……ルリ、
「「はーい」」
「……あ、そうだよ。もしかしたら、アイツ自身がSNSやってなくても、同僚の子がやってるかも。アイツ目立つし、もしかしたらSNSとかでアイツの事呟いてる人いるかもしれない」
そうだよ。そんな王子設定の結婚適齢期男(顔は一応イケメン)を、会社の独身女性達が放っておく筈がない。
アプローチしまくって、その結果をSNSで呟いたり愚痴ったりしてるかもしれない。
私はそう思い至り、検索エリアに再度
しかし、今度はA雲など一部名前を伏せていたり、SAとイニシャルにする。
様々なワードを入れてOR検索を実施した。
すると、かなりの数のSNS投稿がひっかかってくる。イニシャルを入れたせいかもしれない。
「ヒット件数が多い同一ユーザーの情報を再検索して、所属してる企業名の一部とか入力してないか検索してみればいいけど……」
「あとは、顔認証アプリを使うって手もありますねー」
「あ、それいい」
「ただー。このまま目視チェックは現実的ではないですねー」
確かに。今出てきた検索結果だけでもかなりの件数だ。一件一件確認してたら日が暮れるどころか寿命を迎える。
あまりに現実的ではない事に二人で辟易としたが……
「ああ、ならバッチ組んでデータを抜いてきてデータベースにでも入れておけばいいんじゃないですか? APIあるでしょうし……」
サラリとそう答えた
「賢い……」
「わー。
「……二人とも、僕の事どう思ってたんですか?」
「押し売りのカモ」
「ヘタレー」
「……酷い……」
机に両手をついてガックリ頭を落とす
「でもバッチは?」
「んー。私はセキュリティやネットワークばっかりでバッチは苦手でー」
「私も。データベースや業務系だから」
「僕が作りますよ。ホストやサーバ処理はやった事ありますし。簡単なものでよければ」
そんな
「神か……」
「仏様かもー」
「……ルリさん、それ、死んだ人のこと……」
私達の言い分に辟易としながらも、
「はいはい。じゃあ決まったんならサッサと準備しちまいな」
パンパンと両手を叩き、
「私は本部からの呼び出しを食らってるからね。これから出向かなきゃならない。困った事があったらゲンに相談しな」
「そうですねー。このパソコンではスペックが足りませんし、ゲンさんにお願いしてみますー」
ルリさんも立ち上がった。
ゲンさんのサーバールーム階まで行くのだろう。
私もついて行こうとして
「
と、肩を
「あとで──」
「ダメです」
「こんな時だけ強気……」
「僕はもともと医療・支援課ですから。そこは譲りませんよ」
「はいはい……」
治療してくれている人に楯突くのもナンだなと思い、そこは大人しく従う事にした。
少し、問題解決の糸口が見つかった。
絶望的な気分が少し和らぎ、力が湧いてくる。
絶対、ヤツを逃さない。
この手で……
……ぶん殴ってやる。
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