第33話 身体がズタボロなんですが。

山本ヤマモトさんて……ホントに普通にOLしてたんですか?」

 医務室のベッドの上、私の腕に細い針を刺しながらそう尋ねてきたのは織部オリベさんだった。

「勿論。生粋の社畜だよ」

 針の刺された腕をジッと見つめながらそう返答すると、『生粋の社畜って何……?』と織部オリベさんが小声でツッコミを入れてきた。


 私は今、織部オリベさんに治療を施されている。

 ただし治療と言っても、治しているのは

 織部オリベさんの能力は、他人の力の底上げをするモノ。それは、対象に針を刺してを増強する事だそうだ。

 増強するものは、特殊能力から普通の筋力まで様々。

 今は私の腕に刺して、自然治癒力の速度を上げてもらっていた。

「はい。このまま暫く針を抜かずにいて下さいね。かなり疲れますから、安静に」

「はーい」

 織部オリベさんの言葉にそう返事して、私はベッドから立ち上がる。そして、脇に置いた荷物を持って部屋を出て行こうとした。

山本ヤマモトさん!! 安静の意味知ってます?!」

「知ってますよー。まだ大丈夫、腕ぐらいなら。また後で背中とか刺すんでしょ? その時は寝るつもりだから」

「今も! 寝てて下さいよ!! 自然治癒力の底上げって、山本ヤマモトさんが思ってる以上に体力使うんですよ?!」

 私の背中に追いすがって肩を掴み、行くのを止めようとする織部オリベさん。

 そんな彼に、横顔で呟いた。

「……アカネ

「え?」

アカネでいいよ。みんなそう呼んでるし」

「えっ……?!」

 途端に私の肩から手を離し、顔を真っ赤にして棒立ちになる織部オリベさん。

 今がチャンスと、私は彼を置いて階段を駆け上がって行った。

「ちょっ……今のは反則ですよ! やまも──……あ、ああ……アカネさん!!」

 そんな彼の悲痛な叫びが聞こえたけれど、私はそれを無視した。


 支局ビルの事務室に戻ると、席についてモニターにへばりつくルリさんと、それを後ろから難しい顔をして見ている朱鷺トキさんがいた。

 他には誰もいない。今日は土曜日だからだ。

「どうですか?」

 私の質問に、朱鷺トキさんは小さく首を横に振る。

「そうですか……」

 予想通りの返答だったが、一縷いちるの望みを持っていたので私も肩を落とした。

「スマホをOFFってGPSで追えないようにしてるのは、まぁ当たり前だとは思ったんですけどー。

 まさか、とっくに引っ越しててー、さらにその上で会社もとっくに辞めてたなんてー。

 まぁ、こんな事やらかすんですからー? 用意周到で当然ですよねー」

 ルリさんがモニターから視線を外し、うーんと伸びをしながらそうボヤいた。


 今は、天雲アマクモ紫苑シオンについて、行方の調査とこちらが持っている情報の確認を行なっている最中だ。

 しかし、支局に登録されていた住所にヤツは住んでおらず、また申告していた勤務先にも既に勤めてはいないという事が分かった。

 状況はあまりかんばしくない。

 住んでる場所も会社も変えているという事は、今回蘇芳スオウさんの事件を引き起こしたのは、まんしてって事だ。

 どんな覚悟を持って事に挑んだのか。

 そんな素振りをカケラも見せていなかったという事に、若干の恐怖を感じる。

 ヤツは、何もかも嘘をついていたのだ。

 そう、何もかも。


「会社が分かれば監視出来たんですけどねー。流石に長期間は会社休まないでしょうしー。

 ……あ、そんな事ないかー……実家がお金持ちですよね彼ー。だとしたら今仕事してないかもなー」

 自分の両方のこめかみをグリグリしながらルリさんが愚痴る。

「……お金持ち?」

「そうですよー? あ! もしかして『惜しい事した』とか思ってますー?」

「……冗談」

アカネさんー。目がマジ過ぎて怖いー」

「ルリ、いい加減におし」

 朱鷺トキさんがピシャリと遮った。

「あの子は本部からの紹介だと前に言った事があったろう。……あの子はね、本部役員夫婦の一人息子なのさ。不動産絡みの一族でね。源和げんわ協会のスポンサーでもある」

「うわっ……」

 なんか、漫画でよくある設定っぽい……顔立ちといい生活環境といい、ウザいぐらいの王子系キャラかよ。そんな人間本当に現実世界に存在してたんだ……

「……あ、それなら……」

 私は、とある事に気がついた。

「パソコン借りていい?」

 そうルリさんにお願いすると、一瞬ルリさんと朱鷺トキさんは目を見合わせる。

 しかし、朱鷺トキさんが頷くと、ルリさんは席を空けてくれた。

「SNSを検索します。顕示欲の強いタイプなら、もしかしたらやってるかもしれないし」

 ルリさんの代わりに席に着き、私はキーボードを叩いてヤツの名前でSNSのユーザー名検索をかける。

 が、それらしい人物は出てこない。

 流石に本名じゃやってないか……

「うーん。流石にそんなヘマはしないでしょうねー。やってるとしたらハンドル名使ってるでしょうしー。それだと分かりませんねー」

 ルリさんが私の肩をポンポンと叩く。

 朱鷺トキさんも大きく息を吐き出してため息をついた。

 そこへ、やっと織部オリベさんが現れる。

 今まで何してたんだか。

「あ……アカネさん! 調査はルリさんに任せて自重してください!」

 何やら慌てた様子の織部オリベさんを見て、ルリさんがニヤリとする。

「じゃあ、織部オリベさんの名前で検索してみましょうよー」

「何をっ?!」

「あ、そうだね。出会い系サイトとか?」

「やめてっ!!」

「焦ったって事はー。心当たりがあるって事ですねー?」

「お願いマジで勘弁して!!」

「……ルリ、山本ヤマモトさん。真面目にやっとくれ」

「「はーい」」

 朱鷺トキさんに止められ、私とルリさんは渋々織部オリベさんの名前を検索エリアから消す。

「……あ、そうだよ。もしかしたら、アイツ自身がSNSやってなくても、同僚の子がやってるかも。アイツ目立つし、もしかしたらSNSとかでアイツの事呟いてる人いるかもしれない」

 そうだよ。そんな王子設定の結婚適齢期男(顔は一応イケメン)を、会社の独身女性達が放っておく筈がない。

 アプローチしまくって、その結果をSNSで呟いたり愚痴ったりしてるかもしれない。

 私はそう思い至り、検索エリアに再度天雲アマクモ紫苑シオンの名前を入れる。

 しかし、今度はA雲など一部名前を伏せていたり、SAとイニシャルにする。

 様々なワードを入れてOR検索を実施した。

 すると、かなりの数のSNS投稿がひっかかってくる。イニシャルを入れたせいかもしれない。

「ヒット件数が多い同一ユーザーの情報を再検索して、所属してる企業名の一部とか入力してないか検索してみればいいけど……」

「あとは、顔認証アプリを使うって手もありますねー」

「あ、それいい」

「ただー。このまま目視チェックは現実的ではないですねー」

 確かに。今出てきた検索結果だけでもかなりの件数だ。一件一件確認してたら日が暮れるどころか寿命を迎える。

 あまりに現実的ではない事に二人で辟易としたが……

「ああ、ならバッチ組んでデータを抜いてきてデータベースにでも入れておけばいいんじゃないですか? APIあるでしょうし……」

 サラリとそう答えた織部オリベさんの顔を、ルリさんと二人で揃って凝視してしまった。

「賢い……」

「わー。織部オリベさんのくせにー」

「……二人とも、僕の事どう思ってたんですか?」

「押し売りのカモ」

「ヘタレー」

「……酷い……」

 机に両手をついてガックリ頭を落とす織部オリベさんを放置し、私とルリさんは顔を見合わせた。

「でもバッチは?」

「んー。私はセキュリティやネットワークばっかりでバッチは苦手でー」

「私も。データベースや業務系だから」

「僕が作りますよ。ホストやサーバ処理はやった事ありますし。簡単なものでよければ」

 そんな織部オリベさんの言葉に、私とルリさんは再度バッと織部オリベさんの顔を凝視する。

「神か……」

「仏様かもー」

「……ルリさん、それ、死んだ人のこと……」

 私達の言い分に辟易としながらも、織部オリベさんはツッコミを欠かさなかった。

「はいはい。じゃあ決まったんならサッサと準備しちまいな」

 パンパンと両手を叩き、朱鷺トキさんは場を切り上げる。

「私は本部からの呼び出しを食らってるからね。これから出向かなきゃならない。困った事があったらゲンに相談しな」

 朱鷺トキさんは面倒臭そうに頭をポリポリと掻きつつ、自分のデスクの方へと歩いて行った。

「そうですねー。このパソコンではスペックが足りませんし、ゲンさんにお願いしてみますー」

 ルリさんも立ち上がった。

 ゲンさんのサーバールーム階まで行くのだろう。

 私もついて行こうとして

アカネさんはダメです。次は他の部位の治療ですよ」

 と、肩を織部オリベさんに掴まれてしまった。

「あとで──」

「ダメです」

「こんな時だけ強気……」

「僕はもともと医療・支援課ですから。そこは譲りませんよ」

「はいはい……」

 治療してくれている人に楯突くのもナンだなと思い、そこは大人しく従う事にした。


 少し、問題解決の糸口が見つかった。

 絶望的な気分が少し和らぎ、力が湧いてくる。


 絶対、ヤツを逃さない。

 この手で……


 ……ぶん殴ってやる。

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