第32話 忘れたくないんですが。
「どうしましょうか……」
「そうだねェ。あの子の為には、消すのが一番だろうさ」
「……放り出すんですかー?」
「身体が治るまではここに置いてあげるさ。でも、そこまでだよ。覚えてない方が、あの子にとって幸せさ」
「本当に……そうでしょうか……?」
「今ならまだ普通の生活に戻れるんだよ。安穏とした生活に勝る幸せはない」
「それは……そうですけど……」
閉められた扉の前に立っていると、そんな会話が聞こえて来た。
声の主は恐らく、
……私の事を話してる。
私の記憶を消して元の生活に戻す、そんな相談をしてるんだ。
元の生活に戻れるんだ……何も知らなかった時に。
そしたら、また普通に会社行って残業して、時々ストレスをうどん生地にぶつけて、そしてまた会社に行って──
今腹に抱えた、心の傷の痛みも悲しみも、怒りも、全部忘れてしまえる。
忘れてしまえる……
……。
命を助けてくれた、命懸けで守ってくれた、
約束した事も?
散々人を
それでいいの?
「私は、忘れたくない」
あの文様がある左手をギュッと握り、扉をバタンと開けて部屋にズカズカと入る。
驚いた顔をして、
「……アンタの為だよ。忘れた方がいい」
「そう思うなら、ふん縛って押さえつけて記憶を消せばいいです。全力で抵抗しますけどね」
鋭く冷たく言い放ってきた
「……アンタの力なんて大した事ないんだよ。分かってるのかい?」
「勿論。それを痛いほど実感しましたよ。……ついこの間」
私と
「確かに私の力なんてゴミみたいなモンですよ。でも、ゴミにはゴミの
そう言い放つと、
爆笑をし始めた。
私も驚いたけど、何より
「いいねぇその
そうお腹を抱えて笑う
「でも、気概だけで物事が上手く進むなら戦争なんて起こらない。アンタに何が出来る?」
射竦められてしまいそうなその
「何も。今は。だから
アイツから──
そして、本来の後継者……
そんな私の強い言葉に、その場にいた誰しもが驚愕の表情を隠せずにいた。
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