第30話 選択に迫られたんですが。

 天雲アマクモ紫苑シオンのその言葉を聞いて、瞬間に頭の中に様々な事が駆け巡った。


 逃げなければいけないこの状況、

 童子切どうじぎり

 蘇芳スオウさんの最期の言葉、

 監禁されて何度も殴られた事、

 朱鷺トキさんの言葉、

 左掌の文様、

 後継者、

 能力、

 私の出来る事出来ない事──


 今逃げなければ、私は殺されなくても彼──天雲アマクモ紫苑シオンは……?


 悩んでる暇があるのか?


「俺の手を掴んで」

 天雲アマクモ紫苑シオンの声が間近に聞こえる。

 差し出された右手に、私は文様のある左手を重ねた。

「君の体に流れる力を、俺に注ぎ込むようにイメージして。あの赤い光を出した時みたいに」

 言われるがまま、私はいつも練習するかのようなを、今度は自分を循環させずに天雲アマクモ紫苑シオンに流れ込むかのようにイメージする。


 重ねた手が熱い。


 蘇芳スオウさんは、

 蘇芳スオウさんは、

 最期に何て言っていた?


 身体の芯から、何かが押し出されるような感覚に襲われる。

 手が燃えるように熱い。

 そう、と──蘇芳スオウさんが私の手を握りつつ懇願してきた時と同じように。


 赤い光が天雲アマクモ紫苑シオンと私の手の間に生まれ、そして彼に吸い込まれていく。


 あの時、あの人は言っていた。


『本来の後継者に渡してくれ』と。


 本来の後継者──つまり、という意味ではないか?


 光と熱が収まり、天雲アマクモ紫苑シオンが重ねた手を強く握りしめて来た。

「ありがとうアカネ

 その声は酷く優しかった。

 彼は、繋いでいない手で私の頬にそっと触れる。

「やっと手に入れられた。苦労した甲斐があったよ」

 優しい筈なのに、心底冷たいその声に背筋がゾクリと粟立った。


「どうだ?! 上手くいったか?!」

 そんな声を上げつつ、筋肉ダルマ・テツがドタドタという足音を立てて走り寄ってくる。

「ああ、勿論」

 その声に、天雲アマクモ紫苑シオンは笑顔で応えた。


 ……まさか……


「こんだけ手の込んだ事やったんだから、上手くいって貰わないと困るわよ。まったく……殴る時は少しは手加減して欲しいわ」

 黒レース女・ランも頭をさすりながら近寄って来た。


 ……そんな……


アカネ。本来あの時、俺が駆けつけて能力を継承する筈だったんだよ。想定外にキミが能力を引き継いでしまった時は、本当にどうしようかと焦った」

 両手で私の顔をそっと包み、天雲アマクモ紫苑シオンは甘く優しくそう語りかけてくる。

「キミが心を開いてくれれば、こんな面倒な手順を踏まなくて済んだのに。痛かったろう? ごめんな」

 私の、痣になってる頬を親指でさする。

「俺もキミを殴りたくはなかったんだけど……こうでもしないと、真剣に能力の習得をしなかったろ?」

 ああ、そうか。

 あの黒パーカーの男は──天雲紫苑コイツ

 捕まってるフリをして、私を追い詰めていたのは──天雲紫苑コイツ

「でも偉いよ。追い詰められた状況なのに、こんな短期間でコアを出せるようになるんだもの。もしかしたら、鍛えればアカネは強い能力者になれたのかもしれない。

 ……でも、もう用済みかな」


 なんだろう。

 目が霞む。

 頬を何かが伝ってる。


「泣いてるの? でも、アカネがいけないんだよ。

 キミが俺を好きにならないから」

 そう優しく呟きながら、彼はゆっくり私の唇をその長い指で撫でてから、柔らかく私の首を両手で包み込んだ。

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