第29話 追いつめられたんですが。

 その日はいつもと違った。

 監禁された部屋から連れ出したのは、筋肉ダルマ・テツ

 袋をかぶせられていつも通りに部屋から出されたが、連れて来られた先はいつも能力を練習する部屋ではなかった。


 袋を頭から外されて見えたのは、いつもより広いおそらくファミリータイプの部屋。

 部屋の中に何もないのは私がいた部屋と同じだったが、今回違ったのは部屋だけではなかった。


 私より先に、天雲アマクモ紫苑シオンが連れて来られていた。

 私と異なり後ろ手に縛られた状態で床に転がされている。

アカネ……?」

 彼は憔悴した顔で私を見上げると、少しだけ笑顔になる。が、私の頬に痣が出来ているのを見つけたのか、途端に険しい表情になった。

「お前らっ……アカネに何をしたっ!」

 立ち上がろうともがいて、黒レース・女に顔を殴られ再度床に転がった。

「アンタに関係ないでしょうが。黙ってそこで見てなさいよ」

 ついでと言わんばかりに天雲アマクモ紫苑シオンの身体を足で踏みつけた。

「さぁて。お前、コアが出せるようになったんだって?」

 私の後ろにいた筋肉ダルマが私の背中を小突く。食べてなくて体力が落ちていた私は、その勢いに負けて床に這いつくばった。

 コアが出せるように……? コイツ、何の事を言ってるんだろう。

アカネ……ダメだ……」

 ランに踏みつけられている天雲アマクモ紫苑シオンがフルフルと首を横に小さく振る。

 コア……

 コア?

 もしかして、あの水晶が赤く光ったのは……

「オラ。早くしねぇと、コイツがどうなるか分かんねェぞ?」

 下卑た笑いをしつつ、テツ天雲アマクモ紫苑シオンに近寄って行く。そして、彼の上体を無理やり起こすと、顔にタオルを掛けた。

 何を──そう思っている間に、ランからヤカンを受け取ったテツは、天雲アマクモ紫苑シオンのタオルのかかった顔に、突然水をぶっかけた。

「ッ……!!」

 天雲アマクモ紫苑シオンが首を振り足をバタつかせてもがく。

 最初何をされてるのか分からなかったが、すぐに予想がついた。

 あれでは呼吸が出来ない!

「やめなさいよ筋肉ダルマっ!!」

 立ち上がってそちらに駆け寄ろうとするが、私の足に付けられた鎖をランが踏みつけて転んでしまう。

 その間にも、その拷問は何度となく繰り返された。

「やめなさいよ! やめて!!」

 今度は童子切どうじぎり具現化インカネしたが、手首を蹴られてすぐに取り落としてしまう。

 それでも何とか手を伸ばしたが、天雲アマクモ紫苑シオンには届かない。

「お前を殺せないから代わりにコイツだ。

 早くしねェと死んじまうぜ? コアを出しな」

 一度手を止めて、酷く残酷な笑顔で私を見据えるテツ

「大丈夫だアカネ……こんな事ぐらいじゃ……」

 そんな強がりを言う天雲アマクモ紫苑シオンの顔に、テツは再度タオルを掛けて水をぶっかける。

「ほら早く」

「ッ……」

 コアの出し方は分からない。

 でも、多分あの練習の通りなんだ。


 私は水晶を持ってるかのように両手を合わせ、いつもやるようにをイメージする。

 強く、強く、ジッと手の中心を見つめて集中した。

 すると、普段水晶がある空間に白い光が現れ始める。その光はだんだんと強くなり、赤みを帯びていった。

「コアが出たわっ……」

 ランが感嘆の声を漏らす。

 私は、集中を切らないように無視した。

 前にルリさんが言っていたように、それほど長い間安定はさせられない。

「さぁ、それを渡しなさい!」

 ランが私へと手を伸ばすが、視線を移動させるだけしか出来ず、この体勢から動かせない。

「早く!」

 焦れたランが私に掴みかかろうとしてきて──

アカネ!!」

 天雲アマクモ紫苑シオンの咆哮と鈍い衝突音。

 ビクリとしてそちらを見ると、タックルでもしたのか天雲アマクモ紫苑シオンテツを押し倒していた。

 それを見た瞬間、集中が切れて赤い光は消失した。

「ちょっと!」

 ランが慌てて二人の方へと駆けよろうとするが、すかさずその足を掴んで転ばせた。

 その隙をついて、天雲アマクモ紫苑シオンは自分の刀を具現化インカネして縛られていた縄を切る。

 すかさずこちらへ駆け寄って来て、立ち上がり掛けたランを刀の柄で殴り倒した。

「逃げるぞ!」

 手にした刀で私の足を繋いでいた鎖を断ち切る。

 そして二の腕を掴んで私を立たせ、扉の方へと走った。

「行け!」

 途中、天雲アマクモ紫苑シオンが立ち止まって振り返る。

 追いかけて来たテツの一撃を刀で防いでいた。

 私は扉の鍵を開けて部屋の外へと飛び出す。

 マンションの廊下らしき場所に出たが、電灯が外されているのか非常灯しかついておらず、内廊下であった為暗くてよく見えなかった。

 しかし、迷っている暇はない。

 私は廊下を駆け出す。

 階段を駆け降りようと角を曲がったが、防火シャッターが降りていて通る事が出来なかった。

 左右を見回すが防火扉はない。

 どうしよう、ここは通れない……

 振り返ると、天雲アマクモ紫苑シオンが走り寄って来た。

「無理! ここ通れない!」

童子切どうじぎりは?!」

 彼のその言葉にハタと気付いて刀を具現化インカネする。

 思いっきり振りかぶって防火シャッターを斬りつけた傷がついただけで切れなかった。腕に反動が返ってきて思わず刀を取り落としてしまう。

 代わりに天雲アマクモ紫苑シオンが自分の二本の刀で同じように斬りかかったが、同じく傷がついただけで終わった。

「くっ……こうなったら……」

 天雲アマクモ紫苑シオンがこちらを振り向いて、私の肩をガシっと掴んできた。


アカネ、俺にコアを渡してくれ。俺が童子切どうじぎりでこのシャッターを斬る」

 彼のその言葉に、身体がギクリと硬直した。

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