第27話 重苦しい空気なんですが。

 今日の夜は曇天。分厚い雲が空を覆い、星は全く見えなかった。

 湿った重苦しい空気が街中を覆い、雨の予感をさせている。


 それ以外の理由でも、重苦しい空気は漂ってたけど。


 道の左側を歩くのは私。ひたすら黙々と歩く。

 道の右側を歩くのは天雲アマクモ紫苑シオン。不敵な笑顔をたたえたまま、こちらも沈黙。

 そして、その真ん中を歩く織部オリベさんも同じく沈黙。先程から冷や汗をダラダラ流しているが。


「い……いたたまれないっ……」

 空気の重さに耐え切れなくなった織部オリベさんが、絞り出すかのようにそう呟いた。

「お願いですから……何か話を。沈黙に押し潰されそうなんですけどっ……」

「……口を開くと、アカネが斬りかかってくるからね。彼女の愛は激しくて」

「あと一回余計な事言ってみろ……童子切どうじぎり覚醒させてお前なんぞ真っ二つにしてやるからなっ……」

「ああああ……文字通り修羅場……」

 折角ご希望の会話をしてあげたのに、織部オリベさんは頭を抱えてしまった。


 今日の帰路。

 いつもだと私と天雲アマクモ紫苑シオンだけの筈が、今日は織部オリベさんも同行していた。

 朱鷺トキさんからの勅命ちょくめいである。

 それを言い渡された時の織部オリベさんの顔は、まるで無実の罪で死刑宣告されたかのように真っ青になっていた。

 ちなみに、同じく勅命ちょくめいを受けたルリさんは『もう勤務外ですー』と風のように笑顔で足早に去って行った。さすが。


「家に置いてあるキャリー受け取ったら、今日はサッサと帰りなよ」

 道を歩きながら、念の為もう一度天雲アマクモ紫苑シオンに釘を刺した。

「蜜月も終わりか」

 そう肩を竦めてフルフルと首を横に降る天雲アマクモ紫苑シオンの言葉に、織部オリベさんは小さくヒィっと悲鳴をあげる。

 私の方を慌てて見て、刀を握っていないことを確認してホッとしていた。

 ふーっと大きく一つため息をつき、天雲アマクモ紫苑シオンをジロリと睨みつける。

天雲アマクモさんも自重と反省をして下さいよ……普通そこまでやりますか?」

「普通など知らない。俺は俺の愛のままに我儘に──」

「自重ッ……」

 飄々ひょうひょう天雲アマクモ紫苑シオンが返答したのを、ギリリと歯を食いしばりながら織部オリベさんが遮った。


 この二人のやりとりを見てると、選択の余地なく天雲アマクモ紫苑シオンに継承するのはナシだと思うのだけれど……

 でも、それが『組織として能力を活用できる』という視点で見た時には違うような気がする。


 織部オリベさんはが弱い。

 朱鷺トキさん相手はトップだから仕方ないとしても、ルリさんや後輩の天雲アマクモ紫苑シオンに振り回されているようでは、物凄い力を秘めてる能力の保持者としては適していないように見える。

 他人に押し切られて利用されてしまう可能性を秘めてしまう。……まぁ、他人ヒトの事は言えないけれど。


 かといって、我が道を行き過ぎる天雲アマクモ紫苑シオンでもそれはそれで問題がありそうだ。

 いざという時に組織の歯車になり切れないようでは、不穏分子として強い力は与えられない。


 すぐに能力を譲渡はしないだろうけれど……

 私も、その判断の一端を担うつもりで、蘇芳スオウさんの最期の言葉を頑張って思い出さなければ。


 大通りの車通りがふと途切れる。

 音によりそれに気づき、何の気なしにそちらへと視線を向けた時だった。

 猛烈なエンジン音と共に、私の真横で急ブレーキが踏まれた音がする。

 え、と思った瞬間──

アカネ!!」

 叫んだのは天雲アマクモ紫苑シオンか。

 しかし確認する余裕もなく、私は体に巻きついた白い糸に引っ張られ、車道側へと引きずられた。

 倒れる──と思った瞬間私の腕を誰かが掴んで動きを止めさせる。

 反射的に見ると、織部オリベさんが咄嗟に私の手首を掴んでいた。

山本ヤマモトさん!」

 何とか私の体を歩道側に戻そうと、織部オリベさんは両手で私の腕を引っ張る。

 一瞬引き合いになるが、ぶっとい腕が私の胸倉を掴んで強い力で引いた為、織部オリベさんの手が振り払われた。

 私の体が、扉を開けて待っていた車の後部座席に投げ込まれる。

 動こうにも腕ごと白い糸が巻きついて動けない。バタバタと足だけで暴れたら、呼吸が止まるほど白い糸が強く私の身体を締め付けた。

「大人しくしてなさい」

 聞き覚えのある、鼻にかかった甘ったるい女の声。

「させないッ……!」

 車の扉めがけて織部オリベさんが突進してくる。

 しかし彼の手が車に届く前に、振り抜かれた筋肉ダルマ・テツの拳が織部オリベさんの腹を殴りつけた。

 後ろに思い切り吹き飛ばされ織部オリベさんは歩道に転がる。

「出るわよテツ!」

 運転席に座った黒レース女・ランが、扉が閉まる前に車を急発進させた。

「逃すか!!」

 閉められる前の扉に、天雲アマクモ紫苑シオンがしがみついてきた。それを剥がそうとテツがまた腕を振りかぶったので、苦しいながらも私は足でテツの背中を蹴りつける。

 ヤツがバランスを崩して扉から半分落ちそうになった瞬間を狙い、その身体を掴んでよじ登り、天雲アマクモ紫苑シオンが車の中に滑り込んで来た。

「車を止めろ!」

 彼がそう叫ぶが、ランは勿論無視。

 すると、天雲アマクモ紫苑シオンは片手に刀を出現させた。

「止めないと斬る!」

 彼は手にした刀を運転席に座るランに向けようとして──脇腹をテツに蹴飛ばされ、私の上へと倒れこんで来た。

 扉を無事に閉めたテツがこちらに振り返る。

 後部座席は三人の人間でひしめき合っていて身動きが取れない。

 痛むのか呻きながらも、なんとか身体を起こして対応しようとする天雲アマクモ紫苑シオンの頭を、テツが強く殴りつけた。

 ゴンっという重い音がした瞬間、天雲アマクモ紫苑シオンの身体から力が抜ける。

紫苑シオンっ!」

 彼の身体が私を座席に押し付けてしまい、全く身動きが取れない。力の抜けた人の身体って重いッ……

「大人しくしてろー。怪我したくなけりゃな」

 テツが歯をむき出しにして笑いかけてくる。


 どうする事も出来ず、私はヤツの顔をめあげるしかなかった。

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