第26話 能力の練習を始めたんですが。

 畳の上に正座して、両手の指で大きな水晶を包み込んで持つ。

 それをジッと見つめてイメージした。

 水晶からエネルギーが発生して右手に入り、腕を通り心臓を通過して左手に流れ、指を通して水晶に戻って行く

 その緩やかなとどこおる事なく常に流れ続け、やがてそのが血管を通して体全体に巡る──

 頭の中でひたすらその事を考えていると、水晶の中心がほんの少し輝きを放ち始め、ほんのりと暖かくなってきた。


「こりゃたまげたね。こんなに早く自発的に能力を発現させられるとは……」

 朱鷺トキさんがそんな感嘆の言葉を漏らし、眼鏡を下にズラして私の事をマジマジと見つめていた。


 天雲アマクモ紫苑シオンと何か意味深なやり取りをした翌日。

 支局のビルの稽古場で、私はルリさんの指導の元、能力の訓練をしていた。

 進捗が知りたいというので、私は結果を朱鷺トキさんにデモンストレーションしている。


 朱鷺トキさんの言葉に、まるで自分が褒められたかのように嬉しそうに返答したのは、私ではなくルリさん。

「ですよねー。昨日の今日でこれですよー。ホント凄いですよねー。

 蘇芳スオウさんの能力の影響はあると思いますけど、教える前に具現化インカネ出来たぐらいですからねー。

 ま、妄想力が凄いってことですけどー。これは天性の才能か日頃の鍛錬の賜物かー」

 なんだよ。妄想力の日頃の鍛錬て。

 そう、心の中でツッコミを入れてしまったら、水晶からフッと輝きが失われてしまう。

「ただ、安定はまだしてませんねー」

 ズビシと鋭い言葉がルリさんの口から放たれグサリと私に刺さる。

「外野が居て気が散るからっ……」

「戦いの場では外野だらけですよー。ま、普通はそんなにすぐには出来るようになりませんからー。こんなもんですかねー」

 私から水晶を受け取ったルリさんは、ソレをポケットにしまい込むと立ち上がる。

「じゃあ、次の訓練に必要なものをゲンさんのトコから借りてきますねー」

 そう言いながら、稽古場から出て行った。


 ずっと正座していて足が痺れてしまった。

 足を崩して伸びをする。

 筋肉痛が酷くて上手く体を伸ばせなかった……痛い……

 そんな様子を見下ろしていた朱鷺トキさんが、スッとその場に正座する。

「どうだい? 慣れたかい?」

 その声音は優しかった。

 ……昨日、あんな怖い事を言ってた人とは思えないほどに。

「少しずつ。皆さん良くして下さるので」

 条件反射的にそう当たり障りない言葉を口にする。でもまぁ、本当の事でもあるけれど。

 あまり沢山の人とは接していないけれど、話をした方々は少なくとも、誰とも知れない異分子の私にも丁寧に対応してくれた。

「あの……今後の事なんですけど」

 痺れた足のつま先をちょいちょい自分で触りつつ、どう伝えたもんかと言葉を選ぶ。

「この能力を……誰に引き継ぐかの話なんですが……その、決まってるんですか?」

 昨日からずっと気になっていた事だ。

 私には選択権はないけれど……知っておきたい。

 朱鷺トキさんは、ふむと息を吐き出し袖の中に両手を突っ込む。

山本ヤマモトさんはどっちがいいと思う?」

「ファ!?」

 まさか、そんな質問返しを食らうとは思っておらず、変な声が漏れてしまった。

「いや……そう言われましても。私は二人の事、殆ど知りませんし……」

「そんな事もないだろう?

 織部オリベからは護身術を習ってるんだ。それで、人への接し方は分かる筈だよ。オンオフの切り替えが下手なタイプだから、恐らくアンタが見てる織部オリベが素のあの子さ。

 兄弟子でもある。……ああ見えてね」

 視線を部屋に這わせながら、朱鷺トキさんは織部オリベさんの事を語る。

 少し、楽しそうだ。

「もともと、織部オリベはウチの支援課にいたんだよ。他人の力を増幅するのが、あの子の能力だからね。

 それを、蘇芳スオウが見出して弟子にしたんだ。後継者候補として」

 語る朱鷺トキさんの表情がふと陰る。

 きっと、蘇芳スオウさんの事を思い出したんだ。

「対して天雲アマクモは……まぁむしろ、アンタの方がよく分かる筈だよ。あんな面を持ってるなんて、流石の私も気づかなかったからね……

 能力は、蘇芳スオウと同じ系統──二本の刀で戦う近接戦闘特化型。彼は──」

 そこでふと、朱鷺トキさんは言葉を切る。

 少し眉根を寄せて難しい顔をした。

源和げんわ協会本部が、蘇芳スオウの後継者として紹介してきたんだ。

 確かに能力は折り紙つきだよ。蘇芳スオウもそれは認めてたし、私もそう思う」

 その割には、なんか表情が優れないな。


 しかし知らなかった。二人は、蘇芳スオウさんの弟子になった経緯が違うんだ。

 織部オリベさんは蘇芳スオウさんが見出し、天雲アマクモ紫苑シオンは本部からの紹介。

 能力的にはあまり方向が合わない織部オリベさんと、同じ方向の天雲アマクモ紫苑シオン

 朱鷺トキさんのあの口ぶりだと……朱鷺トキさん自身ももしかしたら迷っているのかもな。

「……すみません。私にも、どっちが後継者になるべきなのか判断つけられません。

 あの……蘇芳スオウさんには、聞かなかったんですか?」

「ああ……。山本ヤマモトさんにあの事件の日を思い出して欲しい理由はそこにもあるんだ。最期に蘇芳スオウは……言ってなかったかい?」

 そう問われ、私は記憶を出来る範囲で掘り起こしてみる。


 蘇芳スオウさんは最期に──


「愛しのマイハニー! 今日も迎えに来たよ! さぁ、帰ろう。俺たちの愛の巣へっ!!」

 バタンという派手な音を立てて、稽古場の扉が開け放たれた。

 ……誰が来たのか見なくても分かる。

 ほら、朱鷺トキさんも眉間にふッかい皺を刻んで目頭を揉みほぐしてる。

「アンタ……もう少し大人しく入ってこれないのかい?」

 朱鷺トキさんはスウっと音もなく立ち上がり、無駄に存在感を放つその男──天雲アマクモ紫苑シオンに苦言を呈する。

 が、そんな事でヤツのテンションが落ちるワケもなく。

「すみません朱鷺トキさん。半日も離れていたから、心が彼女を渇望していて」

 はははっと笑って前髪をサラリと掻き上げたウザイ。

「半日もって……アンタ、夜は家に戻ってるんだろう? 送り迎えしかしてないんだから、会ってる時間の方が短いだろうが」

 こめかみをコリコリと掻きながら、朱鷺トキさんは呆れたようにそう言い──ん?

 

 

 私は、それらの言葉の意味を理解し、ギギギと軋む首を回して奴の顔を見た。

「……ふふっ。ミスった」

 そう、肩を竦めて見せる天雲アマクモ紫苑シオンと、鬼の形相に変化しているであろう私の顔を、朱鷺トキさんが交互に見る。

「……アンタまさか……」

 朱鷺トキさんも気づいた。

 ヤツが、という事に。


 昨日からの様々な感情が綯交ないまぜになって、腹の底からフツフツと何かが沸き起こってくる。


「ふふっ。今日は寝かせてもらえない程激しい夜になりそうだ」

「その減らず口を今すぐきけないようにしたらァ!!」

 左手からズルリと童子切どうじぎり具現化インカネし、私は天雲アマクモ紫苑シオンに斬りかかって行った。

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