第22話 江戸っ子じいさんが現れたんですが。

「ゲンさーん!」

 地下二階にある部屋の扉をバタンと開け、柚葉ユズハはズカズカとその中へと入って行く。

 すると

「ゆー坊。だからおりゃ暇じゃねェって言ったろうが」

 そんなハスキーでぶっきらぼうな男性の声が返ってきた。


 ガラスのような間仕切りで区切られたサーバールームらしき場所の真横に、大きな作業台と有孔ボード。作業台の上にはグリーンのカッティングマットとデスクトップPC、有孔ボードには様々な工具がかけられて、横に配置された天井まである棚には工具ボックスやら大小様々な箱が突っ込まれ、入りきらない物々が床に雑に積まれていた。

 そんな沢山のものの真ん中、古い事務椅子の上に、背中を丸めて作業台に向かう男性が。薄汚れてくたびれた作業着を着て、椅子の上に胡座を組んで座っている。

 その男性が、こちらを見ずに左手をヒラヒラさせていた。

「違うよゲンさん! 遊びに来たんじゃないのっ! 友達を連れてきたのっ!!」

 柚葉ユズハは私の手を掴んだまま彼に近寄り、作業台に覆いかぶさるかのように何かをしている男性──ゲンさんと呼ばれた彼の顔をグイっと覗き込む。

 近寄ると、ハンダ付けしている時の独特な匂いがした。……頭痛くなる。

「友達ィー?」

 男性は顔を上げて、覗き込んでくる柚葉ユズハから若干離れるように仰け反る。

 柚葉ユズハの顔、そして隣に立つ私の顔と、順番に視線を移動させた。

「お? 誰だオメェ。見ねェ顔だなァ」

 最近めっきり聞かなくなった強烈な江戸弁で話す男性は、深いシワができて消えないそのデコまで、かけていた某眼鏡型ルーペを上げてマジマジと私を見る。歳は私の親世代か少し下ぐらいか。気難しそうな性格がそのまま皺として残ってしまったかのような、そんな気軽に声をかけて良いワケなさそうな雰囲気をしていた。

 しかし、柚葉ユズハは空気を読まない。

 構わずコロコロ笑いかける。

アカネさんだよ! ここは敵だらけだからね、ゲンさんとは友達になって欲しくて連れてきたのっ!」

「はァ?」

 ゲンさんと呼ばれた男性は、全く要領を得ない柚葉ユズハの説明に頭をコリコリ掻きつつ、ハンダゴテのスイッチを切り私へと体を真っ直ぐに向けなおした。

 なので私は頭を下げる。

山本ヤマモトアカネと申します。訳あってここに護身術を習いに来ています。作業中にお邪魔してしまって申し訳ありません」

 いつもの外向けビジネス挨拶をすると、ゲンさんは眉毛を真ん中にギュッと寄せて『ああ』と気の抜けたような声を漏らす。

「アレだろ? 朱鷺トキが言ってた……蘇芳スオウの能力を預かってるとかいう素人トーシロだろ。まァた面倒臭ェの連れてきたなァ」

 心底面倒くさそうな顔で腕組みすると、立ち上がって作業台とは反対側の机の方へスタスタ歩いて行く。

 何を、と思っている間にコーヒーの香りが漂ってきた。

 振り向いた彼の両手には形の違うマグカップ。小さな黒猫がプリントされた方を柚葉ユズハに渡し、無地のマグカップを私の方へと突き出した。

 それを受け取ると、柚葉ユズハさんは飛び上がらんばかりに喜ぶ。

「あ! ちゃんとミルクと砂糖が入ってる! なんで分かったの?!」

「オメェの顔にそう書いてあっからだよ」

「嘘ホント?! アカネさん拭いて!」

「書いてないから大丈夫だよ」

「なぁんだー。良かったー」

「オメェのはブラックだ。砂糖とかはあっちにあっから好きに使いな」

「あ、ありがとうございます」

 私がマグカップを受け取ると、ゲンさんは素っ気なくまた作業椅子にドッカリと腰を下ろす。

 自分は作業台の端っこに置かれていた冷めたコーヒーを口にしていた。

 あ、この人、いい人だ。

 この二人のやり取りを見ただけで、なんとなくそう感じ取った。


 柚葉ユズハは一度作業台の上にマグを置くと、端に立てかけてあったパイプ椅子二脚ズリズリと持ってくる。作業台の前に並べて片方にちょこんと収まり、嬉しそうに猫マグを両手で包み込んだ。

「オメェも突っ立ってないで座れ。で? ゆー坊、友達ってどういうこった」

 さっき暇じゃないと言っていたのにゲンさんは作業を完全に止めて、私に椅子を勧めて柚葉ユズハの言葉を待つ。

「あ! あのね! アカネさん、ここは知らない人ばっかりで怖いんだって! だから色んな人と友達になれば、怖くなくなるかなって思ったの!」

 促されてそう柚葉ユズハは答えるが……これで意図が伝わったら凄いわ……

「だからってなんで俺んトコ連れてくんだよ。他にも居るだろうがよ」

 伝わったの?!

「だって、ゲンさんのトコが一番んだもん!」

「サーバールームの横だからさみいだろうよ」

「違うもん! そういう意味じゃないよ!」

「ああ分かってる分かってる。まったく……面倒くせェのに懐かれたモンだよ。……オメェもな」

 そうこぼし、ゲンさんはニヤリと笑って私の顔を一瞥いちべつする。

「さっきらコイツは俺の事ゲンさんって呼んでるがよ、小出コイデ玄一郎ゲンイチロウつーんだ。オメェも『ゲンさん』でいいぜ。……ここの事は何処まで知ってんだ?」

 突然話を振られ、私は慌ててコーヒーから口を離した。

「ああ、ええと。源和げんわ協会であり、システムクリエイトであるって事は……。

 概要は……聞いてると思います」

「そうか」

 辿々たどたどしくそう説明すると、ゲンさんはコーヒーを一口飲みくだし、白髪の方が多くなった髪を一度後ろに撫で付ける。

おりゃあこの会社のハード面を請け負ってンだよ。サーバの物理管理やネットワーク用の線引いたりな。組織としてはライブラリ作成開発だ。オメェに貸し出して、ホラ今手首に付けてるソレは俺が作ったんだ。能力は持ってねェ」

「えっ?!」

 そんなゲンさんの言葉に一瞬コーヒーをムセかけた。能力を持ってない?

源和げんわ協会には俺みてェな非能力者も多数所属してる。主な担当は能力者たちのサポートだな。

 能力者っつっても出来る事の範囲はせめェ。組織としての屋台骨を支えてンのは俺たちだ。ライブラリ開発もその一つだな」

「ライブラリって一体……」

「特殊能力のうち、発動原理が分かってる単純なモンを式化して、機械的に発動できるようにしたヤツだよ。

 風を起こす、とか、周囲の温度を下げる、とかよ」

 ゲンさんのその言葉に、ふと思い出す。

「……あ、『ストーム』と『氷結フリーズ』……?」

「おお、使えたか?!」

「いえ……」

「……ま、だろうな。俺にも使えねェ」

 使えない?! 使えないのに作れるとはどういう事?!

「ライブラリを自在に使えるようになるには、能力が自在に使えるようにならねェと無理だ」

「でも、作ったからには試運転しますよね?」

「ああ、テストは出来る。能力者のエネルギーの代わりに電気通すんだよ。そもそも銅線や基盤で出来てっからな。それで擬似的に動かせる」

 ……意外とちゃんとしてる。不可思議な何かで出来てるんだと思ってた。

「でも、じゃあ音声起動にする必要なかったんじゃ……」

「馬ッ鹿オメェ! 必殺技名を叫ぶのが男のロマンだろうが!! ライダーキックだって叫ばなきゃタダの飛び蹴りだろ!」

「それに、ルリさんが技名に漢字を当ててルビ振って叫べって……」

「当ッたりめェだろが! 技名には漢字名に英語読みが定石じゃねェか!」

 ……わー。厨二病が治ってない典型だー。治す気もないタイプだー。

「……っていうのは半分冗談で」

 半分は本気なんだ。

「戦いの最中は手が使えない事の方が多いだろ? だから音声起動にしてンだよ」

「……技名は?」

「趣味だ」

 ……使う方の身になって欲しい……。


 そんなやり取りをしていると、今まで大人しく話を聞いていた柚葉ユズハなクスクスと笑い始めた。

「もう友達になれたねっ! ほらやっぱりゲンさんは!」

 溶けたかのようなフンニャリした笑顔でそう嬉しそうに呟く柚葉ユズハに、私とゲンさんは思わず口をつぐんでしまう。

 ちょっと耳を赤くしたゲンさんは、バツの悪そうに頭をガリガリと掻くと

「まぁ……なんだ。朱鷺トキやルリは油断ならねェタイプだから、一緒に居ると疲れるだろうよ。

 ……そこのコーヒーは飲み放題だ。使ったらポットの湯は補充しとけよ」

 作業台に向き直って私達に背を向けつつも、そう呟いた。

「はい」

 そのぶっきらぼうさが、今の私には本当にありがたかった。

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