第22話 江戸っ子じいさんが現れたんですが。
「ゲンさーん!」
地下二階にある部屋の扉をバタンと開け、
すると
「ゆー坊。だから
そんなハスキーでぶっきらぼうな男性の声が返ってきた。
ガラスのような間仕切りで区切られたサーバールームらしき場所の真横に、大きな作業台と有孔ボード。作業台の上にはグリーンのカッティングマットとデスクトップPC、有孔ボードには様々な工具がかけられて、横に配置された天井まである棚には工具ボックスやら大小様々な箱が突っ込まれ、入りきらない物々が床に雑に積まれていた。
そんな沢山のものの真ん中、古い事務椅子の上に、背中を丸めて作業台に向かう男性が。薄汚れてくたびれた作業着を着て、椅子の上に胡座を組んで座っている。
その男性が、こちらを見ずに左手をヒラヒラさせていた。
「違うよゲンさん! 遊びに来たんじゃないのっ! 友達を連れてきたのっ!!」
近寄ると、ハンダ付けしている時の独特な匂いがした。……頭痛くなる。
「友達ィー?」
男性は顔を上げて、覗き込んでくる
「お? 誰だオメェ。見ねェ顔だなァ」
最近めっきり聞かなくなった強烈な江戸弁で話す男性は、深いシワができて消えないそのデコまで、かけていた某眼鏡型ルーペを上げてマジマジと私を見る。歳は私の親世代か少し下ぐらいか。気難しそうな性格がそのまま皺として残ってしまったかのような、そんな気軽に声をかけて良いワケなさそうな雰囲気をしていた。
しかし、
構わずコロコロ笑いかける。
「
「はァ?」
ゲンさんと呼ばれた男性は、全く要領を得ない
なので私は頭を下げる。
「
いつもの外向けビジネス挨拶をすると、ゲンさんは眉毛を真ん中にギュッと寄せて『ああ』と気の抜けたような声を漏らす。
「アレだろ?
心底面倒くさそうな顔で腕組みすると、立ち上がって作業台とは反対側の机の方へスタスタ歩いて行く。
何を、と思っている間にコーヒーの香りが漂ってきた。
振り向いた彼の両手には形の違うマグカップ。小さな黒猫がプリントされた方を
それを受け取ると、
「あ! ちゃんとミルクと砂糖が入ってる! なんで分かったの?!」
「オメェの顔にそう書いてあっからだよ」
「嘘ホント?!
「書いてないから大丈夫だよ」
「なぁんだー。良かったー」
「オメェのはブラックだ。砂糖とかはあっちにあっから好きに使いな」
「あ、ありがとうございます」
私がマグカップを受け取ると、ゲンさんは素っ気なくまた作業椅子にドッカリと腰を下ろす。
自分は作業台の端っこに置かれていた冷めたコーヒーを口にしていた。
あ、この人、いい人だ。
この二人のやり取りを見ただけで、なんとなくそう感じ取った。
「オメェも突っ立ってないで座れ。で? ゆー坊、友達ってどういうこった」
さっき暇じゃないと言っていたのにゲンさんは作業を完全に止めて、私に椅子を勧めて
「あ! あのね!
促されてそう
「だからってなんで俺んトコ連れてくんだよ。他にも居るだろうがよ」
伝わったの?!
「だって、ゲンさんのトコが一番あったかいんだもん!」
「サーバールームの横だから
「違うもん! そういう意味じゃないよ!」
「ああ分かってる分かってる。まったく……面倒くせェのに懐かれたモンだよ。……オメェもな」
そう
「さっきらコイツは俺の事ゲンさんって呼んでるがよ、
突然話を振られ、私は慌ててコーヒーから口を離した。
「ああ、ええと。
概要は……聞いてると思います」
「そうか」
「
「えっ?!」
そんなゲンさんの言葉に一瞬コーヒーをムセかけた。能力を持ってない?
「
能力者っつっても出来る事の範囲は
「ライブラリって一体……」
「特殊能力のうち、発動原理が分かってる単純なモンを式化して、機械的に発動できるようにしたヤツだよ。
風を起こす、とか、周囲の温度を下げる、とかよ」
ゲンさんのその言葉に、ふと思い出す。
「……あ、『ストーム』と『
「おお、使えたか?!」
「いえ……」
「……ま、だろうな。俺にも使えねェ」
使えない?! 使えないのに作れるとはどういう事?!
「ライブラリを自在に使えるようになるには、能力が自在に使えるようにならねェと無理だ」
「でも、作ったからには試運転しますよね?」
「ああ、テストは出来る。能力者のエネルギーの代わりに電気通すんだよ。そもそも銅線や基盤で出来てっからな。それで擬似的に動かせる」
……意外とちゃんとしてる。不可思議な何かで出来てるんだと思ってた。
「でも、じゃあ音声起動にする必要なかったんじゃ……」
「馬ッ鹿オメェ! 必殺技名を叫ぶのが男のロマンだろうが!! ライダーキックだって叫ばなきゃタダの飛び蹴りだろ!」
「それに、ルリさんが技名に漢字を当ててルビ振って叫べって……」
「当ッたりめェだろが! 技名には漢字名に英語読みが定石じゃねェか!」
……わー。厨二病が治ってない典型だー。治す気もないタイプだー。
「……っていうのは半分冗談で」
半分は本気なんだ。
「戦いの最中は手が使えない事の方が多いだろ? だから音声起動にしてンだよ」
「……技名は?」
「趣味だ」
……使う方の身になって欲しい……。
そんなやり取りをしていると、今まで大人しく話を聞いていた
「もう友達になれたねっ! ほらやっぱりゲンさんはあったかい!」
溶けたかのようなフンニャリした笑顔でそう嬉しそうに呟く
ちょっと耳を赤くしたゲンさんは、バツの悪そうに頭をガリガリと掻くと
「まぁ……なんだ。
……そこのコーヒーは飲み放題だ。使ったらポットの湯は補充しとけよ」
作業台に向き直って私達に背を向けつつも、そう呟いた。
「はい」
そのぶっきらぼうさが、今の私には本当にありがたかった。
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