第21話 不穏な事言われたんですが。
『
予想していないタイミングで、何の覚悟もないままに、究極の選択に突然迫られた。
答えは聞かれていないが、言われたという事は『考えておけ』という事だ。
でも、そんなに簡単に決断できる事ではなかった。
組織に入るか記憶を消されるか。
直感だと、記憶を消されるという事に恐怖を感じた。
酒で泥酔して記憶をトバした事はあるけど、それとは多分全然違うだろう。
どういう風に消されるのか分からないけど、間違いなく脳味噌を他人にイジられるって事だ。
もしかしたら、記憶を消された事にも気づかないかも。
そんなの──嫌だ。
だけど、組織に入るという事も何か違う気がする。
私がここに来たのは組織に入る為じゃない。強くなって自分で自分の身守れるようにしたいからだ。
組織に属するという事は、この特殊技能集団・
自分を危険に
普通の仕事と違って恐らく途中で『やーめた』なんて出来ない筈。
ただ、フェアな人なのだとは思う。
私が昨日、知らずに
若干、不自由な選択だけれども選択肢もくれた。自分で選べ、そして納得しろ、という事だ。
本来なら、私を押さえつけてでも
記憶を消された私は、何をされたのかすら忘れるわけだから怒りようもない。
組織に入る選択肢を残してくれたのは、多分……恩情。
恐らく、組織に私が入る事を
ただ、
だから手元に置いておいてもいい──多分、そういう事だ。
不穏分子は目の届くところに留めておいて、いざという時は迅速にに処分できるようにする──それがきっと、
つまり、組織に入ったとしても自由にさせてもらえる可能性は限りなく低い……
私の方が立場が弱いんだ。
情報をくれて選択肢まで提示されたんだから、むしろありがたい事の筈。
護身術を教えてくれるのは、ある程度自分でもなんとか出来るようになる事で、護衛のコストを下げる為。
まだやってないけど、これから能力の使い方の指導もされるだろう。これは、
……私が優位に立てる手立てがない。
唯一あるとしたら、私がまだ
このアドバンテージを最大限に生かすにはどうしたらいい……?
どうしたら……
「
ビルの片隅、給湯室の換気扇の下で煙草を吸っていた私にそう声かけてきたのは、何も怖いものなどないといった笑顔の──
ビルの地下へと探検に出ていた彼女が地上階へ戻ってきたという事は、探検を終えたのか。
何も知らない無垢そうな表情が──なんだか微妙にイライラした。
「ちょっと休憩。煙草吸ってるから副流煙吸っちゃうよ。離れた方がいい」
そう素っ気なく言い放ち、彼女に背を向ける。
すると
「
そんな、妙に鋭く的を射た言葉を放ってきた。
驚いて振り返ると、少し吊り上がった大きな目が私を真っ直ぐに射抜いていた。
「……なんで?」
恐る恐るそう尋ねると、
「なーんか、そんな気がしたから?」
のほほんとした声でそう答えた。
そして、給湯室に置いてある冷蔵庫をパカっと開けてオレンジジュースの缶を取り出す。
「あのね? ボクは目が覚めるとね、知らない部屋にいるんだ。天井にね『テーブルの上に置いてあるノートを読んで』って書いてあるの。
それは昨日までのボクが書いた日記で、色んなことが書いてあるんだよ!
ボクが今置かれてる状況とか、明日にはまた記憶がなくなっちゃうって事とかねっ。
確かにさ。ボク何も分からないんだけど……でも何でか分かる事があるんだよ?!
例えばね、ボクこのビルの事は何も知らないのに、これが冷蔵庫だって事は分かるし、この冷蔵庫の中にジュースが入ってる事も分かるんだ!
他にもね──」
言葉を一度切ってジュースを一口。
コクンと喉を鳴らして飲み込むと、その缶をシンクの横にコトリと置いた。
そして、両掌を私の目の前にかざす。
私がその掌に目の焦点を合わせるのとほぼ同時に、彼女の手が、歯車と何本ものコードが複雑に絡みついたグローブに包まれた。
「能力の事は日記を読んで知ったんだけど、読んだ後は普通に使えるんだよ。使い方は日記に書いてないのにね!」
結構深刻な話をしている筈なのに、彼女はえへへ、と照れたような顔をする。
けれども私は、背中にジンワリ冷や汗をかいていた。私の記憶を消してしまえるその能力が、今まさに目の前に出されたのだ。……怖いに決まってる。
「……それが、私の周りが敵だらけって話と、どう繋がるの?」
いつのまにかフィルターまで焦げてしまった煙草を灰皿にして放り込み、少しだけ身を引く。
「日記にはね、誰が味方なんだよーとかって事も書いてあるんだけどね? 読まなくても、それは何となく分かるんだよ! その人を見るとね、ボクをどう思ってるかが何となく分かるから!
少し口を尖らせる彼女は、二十歳をとうに超えているように見えるのに、その行動や言動は幼い。
そのギャップも
そして、
それを、感じ取ったって事?
「
まるで好きな食べ物の事でも聞かれてるかのようなトーンで尋ねてくる
……嘘をついても仕方ないか。明日には彼女は、私と会話した事すら覚えてない。
「……怖いよ。それに確かに、
「なんで?」
「みんな、私の味方ではないから」
「敵って事?」
そう問われ……一瞬言葉に詰まったものの、素直に感じている事を述べた。
「敵ではないと思う。力も貸してくれてるし。でもそれは、利害が一致してるからであって、味方とか、そういう事じゃない。
それに、向こうが圧倒的に強い力を持ってて、その気になれば私なんてどうにでも出来てしまうしね」
半ば自嘲気味にそう笑うと、
いつの間にかグローブが消えた両手を突然広げ、ガバリと私の身体を抱きしめて来る。
「知らない人たちの中に居ると不安だよね! 分かるよ! ボクもそうだもん!! でも大丈夫! ボクは
バフバフと背中を叩かれ、やっと身体が離れたかと思うと今度はギュッと両手を握り締められた。
「きっと、相手の事を知って、
「いや、そういう簡単なモンでもないと思うんだけど……」
「もしかして、もう既にそういう人もいるんじゃない?!」
既に……?
そう言われ、ふと──
「じゃあもっと増やそうよ! 手始めにー……そうだ! ゲンさんを紹介してあげる!」
「ゲンさん?!」
「それでは、レッツゴー!!」
慌てる私を御構い無しに引っ張り、
猛烈な勢いで階段を駆け下りるその後ろを、転ばないように必死に足を動かしながら、私は疑問を置いてきぼりにしてついて行くしか出来なかった。
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