第18話 早速戦い方を習おうと思うんですが。

 雑居ビルの地下で。

 古い換気口が今にも壊れそうなゴウゴウという音を立てているのを聞きながら、この部屋だけ高くなっている天井を苦々しく睨みあげ──


 私は畳の上で、道着を着込んだ状態で息も絶え絶えに寝転んでいた。


アカネさんー? ヘバるの早過ぎですよー?」

 寝転んだ私の顔を、道着を身につけたルリさんがしゃがんで覗き込んで来ていた。

「こ……これといった……運動して……こなかったから……体力ないのっ……

 なんでルリさんは……そんなに元気なの……?」

 荒い呼吸の合間に愚痴ると、ルリさんはニッコリとして私のデコを人差し指でチョンと押してきた。

「だってまだ受け身の練習しかしてないですよー?」

 デコをグリグリされるけど、抵抗する気力もなく。

 ただひたすらされるがままになっていた。


 支局長の朱鷺トキさんにお願いし、護身術を習う事にした。

 午前中教えてくれるのは、なんとルリさん。

 ビックリしたけれど、朱鷺トキさんも織部オリベさんも、ルリさんですら武道の心得があるそうだ。

 ま、特殊技能集団として戦うとしたら、それが当たり前なのかもしれないけれど。

 ちなみに聞いたら、ルリさんは子供の頃から柔道をやっていたそうだ。

 今も近所の警察官が個人でやってる柔道教室に通っているらしい。……ガチやん。


「ま、でも勘は良いみたいですねー。なんとか形にはなってきてましたから。

 学生時代とかスポーツ何かやってましたー?」

「普通に……中・高はバレーボールを……控えにすら入れなかったけど……身長足りないし……」

「なるほどなるほどー。昔取ったなんとやらですねー。運動不足さえ解消されればそこそこ出来るようになるんじゃないですかー? ま、そこまでの道のりは、ネバーエンディングストーリーより果てしないでしょうけどもー」

 ……相変わらず一言多い。でも、言い返せない……

 まだ受け身の練習しただけでこの有様だよ。

 本当果てしなさすぎる……

「……これで本当に強くなれるかな……キックボクシングとかムエタイとかテコンドーとかの方がいいのかな……」

 そうポツリと呟くと、ルリさんはまたズビシと私のデコを突いてきた。

 ……微妙に痛い。

「馬鹿ですねーアカネさんは。漫画やゲームの見過ぎですよー?

 女の貴女では、例え打撃系格闘技をガチムチに鍛えたところで、本気出した一般男性にすら勝てませんー」

 グーリグーリと、ねじり込むかのようにデコを押しこんでくる。痛い。なんか……穴開けられそう……

「え……? なんで……?」

「考えてもみてくださいー。アカネさんの身長だと……まぁガッツリ鍛えても体重は六十キロいきませんねー。いって五十五ってとこでしょうかー? でも、一般男性は鍛えてなくても大体六十〜七十キロありますー。これは、絶対的な筋肉量と肉質の違いですよー。

 打撃の強さはイコール体重と言っても過言ではありませんー。つまり、鍛えたアカネさんより鍛えてない男性の方が打撃の重さはあるんですよー。ま、打撃に体重が乗せられるかどうかはまた別ですけどー。

 相手がなりふり構わず来たとしたら、多少殴りつけたりしたぐらいでは相手は引きませんよねー。

 捕まえられて組み敷かれたら、もうそれで終わりですー」

 組み敷かれたら──

 その言葉で昨夜の事を思い出しゾッとする。

 確かに。あの状態に持ち込まれたら、体重を乗せた打撃なんて繰り出せない。

「打撃で相手を制圧するのではなく、を学ぶのが、護身術ですよー」

 デコを突く指の強さに反して、ルリさんはニッコリ柔らかく私に微笑みかけてきた。

 ……痛いってば。

「なるほど……その場合、ルリさんは──柔道はどうなの?」

「柔道は相手を掴まないと繰り出せない技ですからー。どちらかというと、相手を制圧するというより、いざという時の反撃方法って感じですねー。

 投げ飛ばせれば、受け身の取れない相手は大体起き上がれなくなりますからー。その間に逃げるんですよー」

「なるほど……」

「あーでもー。私は最近古武術にもハマってきてるのでー。相手に打撃で牽制したところで、懐に潜り込んで絞め技に持ち込むかなー。得意技は三角絞めですー。キメるのは難しいですが、足を使った絞め技なので、腕力のない女の子向けの絞め技ですよー? 手加減せず全力で締めれば男でも失神ぐらいはさせられますよー」

「……そう、なんだ……」

 怖っ。

 ルリさん可愛い声で喋ってるけど話してる内容怖っ。

「ま、それにも何よりも、まずは体捌きですー。基本は受け身ー。さぁ、そろそろいいですよねー。今度は横受け身二十セットやりますよー」

 鬼だ……

 でも、これも強くなる為だ。

 頑張らなくちゃ。

 ……明後日の筋肉痛が怖いな……


 そう思いながらも、なんとか立ち上がって、またひたすら受け身の練習をし続けるのだった。

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