第17話 改めてあの会社に来たんですが。

 腰を九十度近くまで折れ曲がらせて頭を下げる三人に、どうしたら良いかと私は右往左往する。

 私がもういいですからと言っても、朱鷺トキさん、ルリさん、織部オリベさんは頭をあげなかった。


 天雲アマクモ紫苑シオン家宅侵入の翌日、私は彼に連れられてまたあの雑居ビルまで来ていた。

 事務所を訪れ挨拶もそこそこに、支局長・ハヤシ朱鷺トキさんは、左右に織部オリベさんとルリさんを伴ったまま突然頭を下げてきた。

「本当に不躾な事をしてしまって申し訳ない。山本ヤマモトさんには余計な事は言わなくていいと、私が言ったんだよ。それが結果、貴女を傷つけてしまった。本当にごめんなさいね。

 だから、三人の事は許してやって欲しい」

 朱鷺トキさんは、頭を下げながらそう申し訳なさそうな声を出す。

「頭をあげて下さい! 許すも何も……そもそも私が何も理解していなかったのが悪かったんです。

 こちらこそ、何度も助けていただいたのに、失礼な事をしてしまってすみませんでした」

 困った時の、必殺・謝り返し。

 私も頭を下げ、向こうが頭を上げる気配を見せるまで下げ続けた。

「ルリさん、織部オリベさん、……天雲アマクモさん。昨日は、何度も助けてくれてありがとうございました。

 昨日はあまりの事でお礼もせず逃げてしまってごめんなさい」

 そうお詫びとお礼の言葉を口にすると、朱鷺トキさんが頭を上げるように促してきた。


 恐る恐る頭を上げると、珍しくルリさんが眉毛をへの字にして口をつぐんでいるのが目に入った。

「……ごめんね、アカネさん……」

 聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声でそうルリさんがポツリと呟く。

 私は、彼女のその態度に苦笑い。

「ううん。ルリさん。私こそごめんね」

 そう首を横に振ると、なんだか泣きそうな顔で私の顔を凝視してきたので、むしろこっちが驚いた。

 何?!

アカネさんて…………チョロい」

「ルリ!!」

 泣き笑いして毒舌を吐いたルリさんが朱鷺トキさんにたしなめられる。

 ……良かった。いつもの彼女だ。


 一方織部オリベさんは、目の下にクマを作り憔悴しょうすいした様子で視線を私の足元あたりに固定していた。

織部オリベさんも、もう気に病まないでください。私も悪かったんですから」

 再度駄目押しでそう言ってみたが、織部オリベさんは顔を上げない。

 すると、朱鷺トキさんが織部オリベさんの背中をバシンと叩いた。

織部オリベ! いつまでもウジウジしない! シャッキリおし! 山本ヤマモトさんがああ言って下すってるんだから、思うところがあっても、少なくとも顔に出すんじゃないよ! いい大人がみっともない」

「は……はははハイ!」

 気合いを強制的に入れられ、織部オリベさんが顔を上げ私の顔を見た。

 笑顔を向けると、心底ホッとしたように彼の肩の力が抜けていく。

 気にしすぎ。そんなんじゃ社会人やってくのは辛いだろうなぁ。


 最後に、私の横に立つ天雲アマクモ紫苑シオンに目を向ける。

 何かを期待したかのようなニヤニヤ顔を私に向けて来ていた。

 言いたくねェ……でも、大人としてケジメはつけなければ。

天雲アマクモさんも、昨日はありがとう。色々……ごめんなさい」

 そんな言葉をなんとか絞り出すと、眩しく輝くような笑顔を放ってきた。

「いや、いいよアカネ。裸を見せ合った仲じゃない」

 物凄く良い笑顔で爆弾発言。

「なっ……見せ合ってねェ! 勝手にそっちが見ただけだろがい!」

「えー! アカネさん裸見せたんですかー? とうとうそっち踏み込んじゃったー!?」

「そっちってどっち?! 話ややこしくなるからルリさん口挟まないで?!」

「そうだぞルリ。これは俺とアカネの二人だけの大切な想い出メモリーだ」

「調子乗んな! お前、今朝の──って、危ね……兎に角、調子乗んな!!」

「今朝の……? ああ、そうだね。同衾どうきんしたことは秘密だよね。分かってるよ」

「どっ……どどどど同衾どうきんッ?! 同衾どうきんってあの同衾どうきんッ?! そっ……そそそそそんな事をそんな大声でっ……ででっ……」

織部オリベさん狼狽うろたえすぎ! 鵜呑みにし過ぎ! 違うから!」

 わーきゃー騒ぐルリさんと織部オリベさん、そして呆れ顔の朱鷺トキさんの誤解を解こうと必死に否定するけど、否定すればするほどドツボにハマっていく気がした。

 苦々しく横目で天雲アマクモ紫苑シオンめ上げると、ウインク一発飛ばしてくる。

 仰け反って避けた。

「アンタ……私が強くなったら見てなさいよっ……」

 そんな負け犬の遠吠えのような事しか言い返せなかった。

「楽しみにしてる」

 天雲アマクモ紫苑シオンは、挑戦的な笑みを返してきた。

 ムカつくっ……!


 同衾どうきんなんてしてないのに!!

 ヤツはリビングで寝てたし、私は眠れなかったし。

 ただ……朝方の一瞬だけ眠ってしまった瞬間、ヤツが布団の中に転がり込んできたのだ。

 蹴り出してやった。


天雲アマクモ、遅刻するよ。そろそろ行きな」

 眉間に深い縦皺を刻んだ朱鷺トキさんが、天雲アマクモ紫苑シオンにシッシッとジェスチャーする。

 すると、彼も頷いて足元に置いていた鞄を持ち上げた。

「はい。ではまたね、アカネ。夜に迎えに来るよ。それまでは、いい子で待ってるんだよ」

「ぐぅッ……」

 来なくていい、と叫びたいところだけれど。

 夜間の護衛はヤツの役目だ。一人で帰ったら危ないし、かといって四六時中織部オリベさんが護衛を務めるワケにもいかないし……

 くそっ……早く強くなりたいっ……!


「とうとう始まっちゃったんですかねー? ロマンスがー」

「……山本ヤマモトさんは血の涙流しそうなぐらい悔しげですけどね……」

 ルリさんと織部オリベさんが、扉から出て行く天雲アマクモの背中にそんな言葉を投げかけていた。

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