第16話 一念発起したんですが。

「……大丈夫。何もしないよ。キミの同意なしにはね」

 ふと、天雲アマクモ紫苑シオンの手が緩む。

 彼は体を起こして私から離れると、座椅子の背もたれに掛かっていたジャケットを私の身体に投げてきた。

 慌ててそのジャケットで体を隠し、私も上体を起こす。その手首には……クッキリと男の手の跡がついていた。

 その時、私の脳裏にハッキリとある言葉が浮かぶ。


 強くなりたい。


 今のままでは、誰かに守られるだけだ。

 守ってもらえない状況になったら、どうしようもなくなってしまう。

 現にこうして、日本刀を持ってても手も足も出なかった。

 これじゃあダメだ。

 粋がって啖呵切ってもそれだけじゃ意味がない。実体が伴わなければ。

 勝てなくてもいい。

 負けないようにしなければ。


 でも……それにしたって……

 ムカつく。

 ムカつくムカつくムカつく!!


 口じゃ天雲アマクモ紫苑シオンに負けなくても、ただ単にヤツが手を抜いてくれてるからだけじゃん!

 今危なかったからね?!

 ヤツが思いとどまってくれたから良かったものの、そうじゃなければ──考えるだけでも虫唾が走る!!

 生理的嫌悪感もあるけど、それより何より何も出来なかった自分にムカつく!!!


 強くならなきゃ。

 その為には──何でも利用しなければ。


天雲アマクモ紫苑シオン

 私はヤツのジャケットを取り敢えず着込んで体を隠し、座椅子に座って相変わらず自宅のように振る舞うヤツの背中に声をかける。

 ゆるりと振り返り、私の顔を挑戦的な微笑みで見返す天雲アマクモ紫苑シオン

「どうしたの? アカネ。する気になった?」

 そんなヤツの言葉をイラっとしたけどガン無視し、私は言葉を続ける。

「アンタの組織で、能力の使い方を教えて欲しい。仕事は暫く休みを取るから。どうすればいい?」

 なりふり構ってなれない。

 仕事も勿論重要だけど、優先させたい事がある。

 自分の身は自分で守れるようにならなくちゃ。

 そうじゃないと、仕事だからと楽観的な事を言ってられなくなる。

「……」

 少しだけ、眼を見張る天雲アマクモ紫苑シオン。暫くの沈黙の後──

「俺は明日仕事だけど、その前に事務所に連れて行ってあげるよ。そもそも俺は夜のキミの護衛だけど、日中の護衛は織部オリベの役目だから。俺は違う会社だしね」

「……普通の仕事してんの?」

「そりゃそうだよ。源和げんわ協会の支局といえど、生活の保障はしてくれないからね。生活費は稼がなきゃ」

 そんな意外な言葉に、逆に私が驚いた。

 現実味がない組織だから、てっきり現実的ではない生き方をしてるのかと思ってたけど。

「意外と現実的に生きてるんだね」

源和げんわ協会は国営とか、そういうものではないから。治安維持してるとはいえ民営だし。織部オリベだってルリだって、ちゃんとシステムクリエイトでエンジニアとして働いてるよ。特にウチのような弱小支局は、本部からの予算も雀の涙だから、支局運営の為には会社として別で稼がないとね。まぁ、支局の隠れ蓑でもあるけれど」

「……私は、転職しないよ」

「それでもいいんじゃないかな。キミが組織に能力の使い方を教わる事と、組織に入る事は別だよ。まぁ途中気が変わって組織に入るってなっても、仕事を変える必要もないし。現に俺は未だに別会社だしね」

 そこで言葉を切り、天雲アマクモ紫苑シオンが立ち上がる。床に落ちたバスタオルを拾い上げて近づいてきた。

 身構える私。

「警戒しなくても、俺はキミの同意ナシには何もしないってば。

 ……キミが、自分自身の意思で俺に全てを委ねてくれるのを待ってるよ」

 軽くそう笑いながら、私の肩にバスタオルをかけてきた。

 が、その手が私の肩にかかり、ヤツの顔が近づいてくる。


 先程の恐怖が蘇り、思わず息が止まる。

 彼の目が、私を正面から見据え──ふと横にそらされた。

 耳元で、本当に小さくギリギリ聞き取れるかという程の囁き声が。


「俺がそうだとしても、他の奴らは分からない。味方のふりをして距離を縮めて来ようとするだろうけれど、簡単に気を許さない方がいい。人は平気で嘘をつく。

 笑顔の下で、何を考えているかなんて分からないんだから」


 そんな天雲アマクモ紫苑シオンの言葉に、とんでもなく大きな事に巻き込まれてしまったのだという事を、改めて実感させられるのだった。

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