承章

第14話 頭を整理しようと思うんですが。(改稿版)

 脳天から一気にシャワーのお湯を被る。

 目をつむり、水が床を叩く音に集中した。身体を伝う水の流れと、立ち昇る湯気と熱気を肌に感じる。水の匂いとソープの匂いが混じった爽やかな香りが漂ってくる。

 先程まで頭の先からつま先まで充満していた不安感や焦燥感が、ゆるゆると溶けて流れて行く気がした。


 一気に襲いかかってきた様々な事から逃げ出して、家に戻ったのは暗くなってからだった。

 何も食べる気にもならず、着替えもせず、なんとなくつけたテレビを凝視してたけど、ちっとも頭に入ってこなかった。

 気づいたら日付が変わっていた。


 色んな出来事の断片が、思考に浮いたり消えたり変質したりして、一貫した思考の邪魔をしてくる。

 冷静になって筋立てて考えられず、頭から首筋にかけてザワザワして落ち着かなかった。


 こんな時は、風呂に限る!

 私はその場で全部脱ぎ捨てて風呂場に飛び込んだ。

 そしてただひたすらシャワーを浴び続けた。

 これ、効くんだよね。

 頭をリセットしたい時とかに。


 ここ数日で、脳味噌の許容量どころか一時メモリ領域にすら入りきらない出来事ばっかりが起こった。

 余りに理解を超えるし沢山の事が起こりすぎていて、冷静な判断ができなくなってきている気がする。

 そう、同時多発的に複数サーバが落ちて即時対応を求められてる時みたいに。


 ……ああ職業病。例えにIT用語使うとか、末期だわ。知らない人にはこの例え分からないって。これだからシステムエンジニアは……でもまぁ、人に話すつもりもないから別に構わな──

 って、違う違う。

 ああダメだ。本当に混乱してる。

 冷静になりたいからシャワー浴びてるのに。


 もう一度私は、嗅覚、触覚、聴覚のみに集中する。


 一度思考を途切れさせ真っさらにしてから、少しずつここ数日の出来事と、今後自分がどうすべきなのを考えることにした。


 私を助けて死んだ──蘇芳スオウさん。

 彼は特別な能力の持ち主で、誰かに襲われてた。それは間違いない。

 襲われてた理由は多分、アレ。


 童子切どうじぎり

 全てを切り裂く魔剣といわれるソレを使いこなす能力。


 それが本当だとしたら、確かに兵器になり得そうだし、欲しがる人や団体、国なんかがあってもおかしくなさそう。

 でも今のところ、誰が蘇芳スオウさんを殺したのか──分からない。


 そして私は……知らない間に、その蘇芳スオウさんからその能力を託されていた。

 この、左掌に浮いた文様がその証拠。


 どうやってやったのか分からないけれど、私が蘇芳スオウさんの能力を持ってると知ったヤツらが現れた。


 まずは、黒レース女・ランと、筋肉ダルマ・テツ

 この二人は、私の指をへし折ってでも能力を譲渡するように迫ってきた。

 ランは掌から蜘蛛の糸のようなものを出して、人を絡め取ったり周囲に張り巡らせたりしていた。あれが彼女の能力。

 そしてテツは、多分あのグローブが能力。突然装着したりしていたから。それに、振りかぶったりした時にグローブから蒸気が吹き出したりしていた。


 そして、その二人からの襲撃から助けてくれたのは、特殊技能集団・源和げんわ協会のメンバーたち。

 銀行の受付のような制服を着て、最強の盾・イージスという能力を使う毒舌女子・佐久間サクマルリ。

 ストライプスーツのイケメンだけど頭がヤバそうで突然熱烈アプローチしてきた男、天雲アマクモ紫苑シオン。戦ってる時に二本の短めな日本刀を持っていたから、多分あれが彼の能力なのだろう。手から生えさせてたし。

 グレーのスーツに童顔で弱腰のツッコミ・織部オリベツヨシ。彼の能力はよく分からない。彼が何かを出したところを見ていないから。でも、きっと彼も能力者だ。


 天雲アマクモ紫苑シオン織部オリベツヨシの二人の師匠──導師マスター蘇芳スオウさんだと、源和げんわ協会の支局長・ハヤシ朱鷺トキさんが言っていた。


 本当かどうかは知らないけれど。


 もし本当だとしたら、本物の後継者はこの二人だって事だ。


 ……なら、蘇芳スオウさんは……何故あの時あんな風に──


 兎に角。

 ランテツと、ルリさん&天雲アマクモ紫苑シオン織部オリベさんは、恐らく敵同士と考えるのが妥当か。


 実は味方同士で、私を陥れる為に争ってる風を装ってる可能性はあるけど、そんなんするメリットが見当たらないから、恐らくそれはないだろう。


 あの三人と支局長の朱鷺トキさんも、私が持つ蘇芳スオウさんの能力が目当てだ。

 でも、ランテツと違うのは、早く奪いたいとか、そういった事は考えてないよう。

 私に、源和げんわ協会の事や、能力の事などの仔細しさいを教えてくれたし。

 ライブラリとやらも貸してくれた。

 恐らく、あの二人と違って無理やり奪うのではなく、私が能力の結晶──コアを出せるようになって、それを天雲アマクモ紫苑シオン織部オリベさんのどちらかに渡せれば、それでいいと考えているのだろう。


 だから、その前に奪われないようにする為に、私を守っていた。


 守ってくれたのはありがたい。

 ランテツは、首を締めてきたり指をちぎり取るとか言い出す連中だから、何をされるか分かったもんじゃないし。


 ……そういえば、その事について御礼を言うのを忘れてたな……


 確かに私に言わずにおとりにしたけど、守ってくれた事には変わりないし。

 今度会った時に御礼を言っておかなくちゃ……

 そんな事にも思い至らなかったなんて、本当に混乱してたんだ私。

 いくらなんでもテンパり過ぎだ……


 さて。

 問題は今後だ。


 あんな啖呵切って来ちゃったけど、一人で無事に居られるとは思えない。

 しかも、明日からまた仕事だ。

 仕事は待った無し。今抱えてる案件の締め切りもある、簡単に休めるもんじゃない。

 ……有給休暇は腐るほど余ってて毎年消滅してってるけど。

 仕事は休めない……でも、やらなければならない事がある。


 あの人──蘇芳スオウさんとの、最期の約束。


 意図してあの時のことを思い出すのはいまだに怖い。思い出そうとすると、おでこから頭の中心へ向かって不快感が電気のようにビリビリ伝わる。あの時のシーンの断片が、カメラのフラッシュのように強烈な閃光として次々に浮かび上がり消えていく。

 正直キツイ……でも、そうは言ってられない。

 今思い出せる記憶を繋ぎ合わせると、蘇芳スオウさんが望んでいた事は一つ。


 この能力を、本来の後継者に渡す事。


 死んだら消えてしまうこの能力を、消さずに後世に残したい。

 多分、それが蘇芳スオウさんが望んだ事。

 その為には、この能力の結晶──コアを出せるようにならなければならない。

 当面の目標はまずそこだ。

 やり方は分からないけれど、日本刀は具現化──具現化インカネできた。

 なら、練習すればコア化も出来るようになるかもしれない。


 直近にやらなければならない事が見えて、頭が冴えた気がした。

 シャワーを止めて、髪を後ろに絞りつつ撫で付ける。

 鏡には、サッパリとした表情の自分が写っていた。

 ヨシ。


 風呂場を出てバスタオルで全身を拭きつつ、着替えに手を伸ば──ああっ! 着替え用意してない!!

 そういえば、発作的にその場で服を脱ぎ捨て風呂場に飛び込んだ事を思い出した。

 ……ま、いいか。一人暮らしだし。

 私は頭を拭きつつ、風呂場の入り口に立てかけてあった日本刀を手にし、肩にバスタオルを掛けて真っ裸マッパのままリビングへと戻った。

 部屋着のTシャツとジャージは寝室のベッドの上に放置してあるので、リビングの向こうにある寝室へと向かい──


「ああ、スッキリした顔をしてる。良かった」


 座椅子に座りテレビに向かいつつ、コーヒーを飲んでくつろぐソイツ──天雲アマクモ紫苑シオンと目が合った。

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