第12話 男性諸君が助けてくれるようなんですが。(改稿版)

 しまった。

 そう思うのとほぼ同時に、私は左腕を後ろ側に捻り上げられる。

 アカンて! 人間の腕、そっちには曲がるようにできてない!


「助けてテツ! この女が邪魔するのっ!」

 より一層甘ったるく鼻にかかった声で、さっきランと呼ばれた黒レース女が叫ぶ。

 彼女はルリさんに両腕を掴まれ動けずにいた。

 黒レース女・ランに媚びられて、筋肉ダルマ・テツは『しょうがねぇヤツだなぁ』なんて顔をする。……ちょっとイラッとした。女に媚びられて優越感感じてんじゃねーよ──いたたたた!

 テツは調子乗ったのか、更に私の腕を稼働範囲ギリギリまで捻り上げた! 無理もう無理! 腕が肩からげる!!

 っていうか、あの二人は?! 天雲アマクモ紫苑シオン織部オリベさんは?!


 すがるような思いで二人のことを思い出すと、それを待っていたかのように二つのバタバタとした足音が近づいてきた。

 その瞬間、筋肉ダルマ・テツは振り向きざまにすかさず私の体を抱え込む。私の体に絡まっていた糸は、彼が触るとホロホロと空気に溶けていった。

 そして、そのどデカイ手で私の首を鷲掴みにする。

 少しでも彼が力を入れたら、私の首がポキリと折れてしまいそうだった。


 そんな様子を走り寄ってきた天雲アマクモ紫苑シオン織部オリベさんに見せつけた。

「汚いぞお前! こんな手に出るとはッ!!」

 急ブレーキで立ち止まり、そう筋肉ダルマ・テツののしって彼をビシリと指さすのは天雲アマクモ紫苑シオン

 ……ん? なんか胸ポケットからはみ出してるぞ……? 何の紙だ?

「いや、天雲アマクモさんぐらいでしょう……そんな手に引っかかるのは。っていうかオカシイでしょ! ちょっとは疑問を持ってください!」

 半分呆れ顔、半分困惑顔の織部さんが、同じく何やら手に紙数枚を持ちつつもそれの扱いに困ってるかのように指を浮かしていた。

 何……アレ。

「おかしくはない! あれだけ人前で全力アピールすれば、他人でも如何に俺がアカネを愛しているかは感じられるはず! そんな俺のピュアで少年のような恋心を、アイツらは非道にももてあそんだのだ!」

「だから、普通もてあそばれないでしょこんなもので!」

 こんなもの、と織部オリベさんが評するのは……おそらくあの手に持った紙。

 ああ、なんか嫌な予感しかしない……

「あの……すみません、こんな時に。アイツらが持ってるアレ、何ですかね……」

 私は腕を捻り上げている筋肉ダルマ・テツに、背中越し横顔で恐る恐る尋ねてみた。

 すると、彼はまた微妙ビミョーな顔をしてボソリと呟く。

「さっきカフェにいた時のお前の盗撮写真。気を逸らす為にプリントしてバラ撒いた」

 ああああああ……そんな気はしてたッ!!

「いや、まさかとは思ったけどよ。本当にアレがおとりになるとか俺も意味わかんねぇよ……」

ちなみにどんな写真……?」

「お前がスコーンを頬張ろうとしてる時とか、コーヒーをストローで啜ってる時とか──」

 遠い目をしながら写真の種類を挙げていく筋肉ダルマ・テツ

 そこへすかさず天雲アマクモ紫苑シオンが言葉を割り込ませてきた。……頬を染めながら。

「官能的だったよ。そう、全て拾わずにはおれないほど」

「キモい!!」

 被せ気味にそうののしったが、効果はある筈もなく。

 天雲アマクモ紫苑シオンは、目を細め清々しいキラキラしたいい笑顔で、紙がハミ出た胸ポケットにそっと手をてがう。

「これでしばらくは困らない」

「何に?!」

「それは当然独りで──」

「やっぱナシ言うな言わないで聞かせないで!!」

 ホントになんで?! なんで私?! なんでこんなに気持ち悪い?! 世の中顔が整ってれば大抵の事は許されるとか聞いてたけど、私は天雲紫苑コイツを許せそうもありませんけどッ?!

 織部オリベさんが、心底残念そうな顔をして天雲アマクモ紫苑シオンを見つめていた。こんな後輩を持つ織部オリベさんの心情も察して同情を寄せざるを得ない……


「いい加減になんとかして下さいよー! そこの変態とヘタレー!!」

 澱んだ空気を切り裂いたのは、ルリさんのそんな声だった。

 余裕がないのか直接的にディスってる。

「そうよ! 女の子ばっかりに戦わせてそれでもアンタたち男なの?!」

 ここぞとばかりに黒レース女・ランも同意の言葉を投げる。

 ああ、あまりの事に忘れてた……

 私からは筋肉ダルマの影になってて見えないけれど、あの声の様子だとまだ掴み合ってるんだろう。

「おうおう、忘れてたぜ」

 そう鷹揚に言いながら、テツが私の体を捕まえたまま半身を翻した。

「おら、そこの女。コイツの首折られたくなきゃ大人しくしろ」

 私の首にかかった手をルリさんに見えるように主張させ、彼女を大人しくさせようとした。

 が。

 ルリさんは朗らかに笑って返答する。

「馬鹿ですねー。首を折ったら彼女即死しますよ? 即死したら、童子切どうじぎりも消滅しますけど、それでいいんですかー?」

 テツの身体が一瞬ビクリと緊張した。

 ……あ、そういえば能力を欲しがっていたもんな……。持ち主が死んだら能力奪えないもんなのかな?

 あれ? ならアタシ、思ったより安全?

「なら、その女の指をまず一本ずつ折っていったら? それぐらいなら死なないでしょ」

 ルリさんの言葉を受け、黒レース女・ランがアドバイスをテツに投げてくる。

 テツは『そうか』と天啓を受けたかのような顔をした。そうか、じゃねェよ?!

「あ、しまったー」

 ルリさんが全然そうは思ってなさそうな気の抜けた声を出す。

 ……え、もしかしてワザと?

アカネさーん。指全部とか、あと腕とか足とか……バキバキに折られても死ななければイイですよねー?」

「いいワケあるかっ!! 指はプログラマーの命じゃ!」

「でも、仕事堂々と休めますよー?」

「え、じゃあ、一本ぐらいいいかな……なんて思うかッ!!」

 なんなん?! ルリさんもしかして、私の指折られて欲しいのかな?! とんだサイコパス?!

「もー。世話がかかりますねー」

 そう面倒臭そうにため息をつき、ルリさんは黒レース女・ランから手を離す。

 すかさずランテツの側に走り寄って身体をすり寄せた。

「ふふっ。流石テツ。頼りになるわー」

 その甘ったるい声にイライラする。

 いるー……こういう女いるー……相手によって声色を極端に変える女いるー……

「この女を無事に返して欲しけりゃ邪魔せずそこで見てろ。少しでも動いてみろ? この女の指ちぎり取ってやるからな」

 気を良くしたテツは、鼻息荒く更に過激な事を言い始めた。

 ダメだよ?! ちぎり取っちゃダメだよ?!

 やるならせめて突き指程度でお願いね?!


 なんて私の思いが通じるわけでもなく。

 私の前に回り込んできたランが、ナイフを出して私の頬にピタピタと当てた。

「さ。コアを出しなさい」

「だから……出し方分からないんだってば……」

 そもそも、日本刀ですら出せたのは偶然だったし無意識だった。

 コアって、能力の結晶なんでしょ? そんなん言われても……どうすればいいのか予想すら出来ない。

 私が困っていると──


「ふふっ。本当に貴方達って、馬鹿なんですねー」


 ルリさんが、心底楽しそうにそう呟いた。

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