第10話 襲われたんで逃げようと思ったんですが。(改稿版)

「俺のアカネに何をするー!」

「ほらね、騎士ナイトが来たー」

 嬉しくない。


 誰が叫んだのか見なくても若干予想出来たけど、その声の主── 天雲アマクモ紫苑シオンがストライプスーツの裾をひるがえして路地に駆け込んできた姿が見えた。

 路地に入り込んだ瞬間、天雲アマクモ紫苑シオンは眼前で両掌をパンッと合わせる。

 その手を開いていくと同時に、彼の両手から二本の短めな日本刀が生えてきた。

 そしてその走る勢いのまま飛び上がり、両手に持ったソレで筋肉ダルマに斬りかかる。


 天雲アマクモ紫苑シオンと筋肉ダルマがぶつかり合い、激しい金属音が狭い路地にこだました。


 筋肉ダルマは腕で天雲アマクモ紫苑シオンの一撃を防ぎ、すかさずもう片方の腕で反撃のこぶしを放つ。

 しかし、天雲アマクモ紫苑シオンは半身をかえし反撃を避けると、その勢いのまま身体を回転させて筋肉ダルマの横をスルリと通り過ぎ、ルリさんの前まで辿り着いた。

 そして、彼女にグイッと顔を寄せる。

「抜け駆けか」

 え? そっち?

「そうですよー。乙女心が理解できない天雲アマクモさんより、アカネさんは私の方がいいんですってー」

 ルリさんは、挑戦的に天雲アマクモ紫苑シオンの目を真っ直ぐに見返して、異様なまでにニッコリとしてそう返した。

 何故、今あおる?!

「本当かアカネ?!」

 ルリさんの言葉を鵜呑みにして、天雲アマクモ紫苑シオンが驚愕の顔を私に向けてきた。

 何故、信じる?!

「んなワケないでしょうがっ!! 今、それどころじゃなくね?!」

「そうか、つまりアカネの心はまだ俺の元に留まっているという事か!」

「お前んとこにもねェよ」

「それでは、さっさと敵を倒し愛の逃避行の続きを!」

 敵倒した後になんで逃げる必要あんだよ。更に何から逃げるつもりだ。


 私の呆れ顔も気にすることもなく、天雲アマクモ紫苑シオンは無駄に精悍な表情で筋肉ダルマに向き直った。

 筋肉ダルマは……ちょっと神妙な顔をして私の顔を見ている。

 目が合い、私はつい首を小さく横に振った。

『ヤベェな』。そう、彼の唇が動いた気がした。分かってくれるのは敵ばかりか……


 そこへ、遅れて織部オリベさんも到着。

 筋肉ダルマの背中を見て驚いていた。

「さて! これで二対一だ! 挟み撃ちで卑怯にも織部オリベが後ろから攻撃するぞ!」

「ちょっ……やりにくい!!」

 天雲アマクモ紫苑シオンの余計な一言に、織部オリベさんがツッコミ。

 ルリさんはというと、そんな様子をガン無視して私の手を再び掴み、路地の奥へと身をひるがえした。

「その間にか弱き乙女と図太い不惑ふわくは逃げますねー」

「ねぇ、そこは『か弱き乙女二人』で良くない? ディスり二つもぶち込む必要あった?」

「か弱い乙女なら天雲アマクモさんにあんな鋭いツッコミ繰り返せませんよー」

 そうふふっと笑う彼女と連れ立って走りつつ、このメンバーたちと一緒に居る限りは、この子の言う通り図太くならないとダメかも、なんて思ったりした。


 路地の入り口──背後で金属がぶつかり合うような音がしていたが、振り返らずにそのまま走った。

「あっ!!」

 路地の曲がり角に差し掛かった時、先に角を曲がったルリさんが小さく悲鳴をあげる。

 何事かと目で確認する前に状況を理解した。


 蜘蛛の巣のように路地中に張り巡らされた白い糸に、ルリさんと一緒に自分も絡め取られたからだ。

 足が地面から浮き、持っていた刀も取り落としてしまって、力の入れどころを失って動けなくなる。もがいてみても、余計に身体に糸が絡まって身動きが取れなくなっていった。

「つーかまーえたっ」

 甘ったるく鼻にかかった女の声がする。

 それが、自分を襲ったあの黒レース女のものだとすぐに気がついた。

 確かあの女も……手から某アメリカヒーローみたく糸を射出していた。

 あれが、彼女の能力か。


 路地の奥から、黒レース女がピンヒールの音を立てながら歩いてくる。

 手には小さなナイフを持っていた。

「陽動作戦成功ー」

 陽動?

 彼女の言葉に、先ほどカフェに突っ込んできた車の事を思い出す。

「じゃあ、さっきの……」

「そうよ。車、誰も乗ってなかったでしょ? それでこっちからの攻撃だって気づかせてあげたのよ」

 つまり、あの車は只のおとりだった事だ。

 私たちを路地へと誘い込む為の。

 運転手が乗ってたかどうかなんて、私には確認する余裕はなかったけど、そういえばルリさんは気づいていたようだ。

「そんな事でっ……」

 ジワジワと怒りが私の頭を浸食していく。


 カフェの中にも人はいた。日曜日だったから、ファミリーや友達同士、いろんな世代の人達が。

 その人達が無事かどうか分からない。


「無関係の人が怪我したかもしれないのにっ……!」

 もそうだ。

 無関係である筈の一般人を巻き込んで──

「目的あって何かすんのは構わないけどッ……何も知らない人達を巻き込むんじゃねェよッ……」

 噛み締めた奥歯がギリリと嫌な音を立てた。

 そんな私の様子をさも面白そうに眺める黒レース女。真っ赤な口紅が引かれた唇を引き上げニンマリと笑う。

「別にいいじゃない、そんな事。誰が怪我しようが死のうが私には知った事じゃないわ。運が悪かっただけじゃない」

 ……挑発だと分かってる。分かってるけどでもっ……

「運が悪かったのかもしんないけど!!

 誰もがお前みたいに見ず知らずの人を気にしないワケじゃない!!」


 あの人だってそう。

 無関係の人間を庇って死んだ、あの人も。

 無関係の人を放っておけるような人だったら……あの人は死なずに済んだのに。


 そうだよ。

 あのまま──死ねばよかったんだ。


 私が。


 ジュッ!

 何かが焼けるような音がして、その瞬間私の身体が半分自由になる。

 音の出所を探すと、さっき取り落としたあの日本刀──童子切どうじぎりが、絡め取っていた糸を焼き切り、包んでいた布すらも焦がして──黒かった筈のその刀身を、融解する直前のように真っ赤に発光させていた。

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