第9話 襲われたので逃げようと思うんですが。
命の危険がある時、周りがスローモーションのように見えるという。
私の目には、確かに物事がゆっくり見えた気がした。
しかし、ゆっくり見えたからといって自分は普通に動けるわけでも素早く思考できるワケもなく。
迫り来る車のバンパーを見て
クルマ
と思うことぐらいしか出来なかった。
動くことは勿論、その車がどうして自分めがけ突っ込んで来てるのかも、そのままそこに居続けたらどうなるかなんて事にも思い至らない。
ただ、私は見てただけだった。
私を助けたのは
その後、間髪入れずに車が先程まで私たちがいた場所を轢き潰す。
人の悲鳴や叫び声で我に返り、
グレーのコンパクトワゴンが、カフェの窓を突き破り半分突き刺さっていた。
血の気が引いて全身の体温が下がったのが自分でも分かる。
こんな事故のような現場に出くわしたことは一度もない。ニュースでは時々見るけれど、それが目の前にある事が信じられなかった。
しかし、手の届く距離で起こった事故に頭の芯が締め付けられて、途端に身体に震え出す。
思わず、自分の身体に回された
「
後ろから抱きすくめられている為、耳元近くで
「ない……と、思う。あり……がとう……」
返事しつつ、ハタと他の二人の事に思い至る。
視線を車の向こうへと移すと、卓の足にしがみついている
良かった、二人も無事だ……
ルリさんは場違いに、笑顔。……怖っ。
おもむろに立ち上がると、服をパタパタ
「ちょうど良いのでここで講義しちゃいましょうかー」
……講義?
「本来こういった事は、マスターが後継者候補である弟子にするんですが、
ま、私もまだ弟子はいないケド既にマスターですしー。代わりに私から説明しますよー」
そう
私はその手を取って立ち上がった。
「本来、監視カメラや人目がこんなにある場所でインカネする事は、緊急時以外は禁じられていますー。……あ、『インカネ』とは能力を形にする事で、『具現化』って書いて『インカネ』ってルビ振りますー」
「ルビ?!」
「はいー。報告書出す時にはそうしてますよー。ははっ。厨二病全開で痛々しいですよねっ。誰がそんな事言い始めたんだか恥ずかしいー。
でですねー。先程言ったマスターには『導師』という漢字が充てられてますよー。まるでスターウ──」
「待って。その映画はディスらないで。好きだから」
「はーい」
そうルリさんは微笑むと、いつの間にか拾い上げていた私の日本刀──
「というワケでここでは対応出来ませんー。ひとまず逃げますよー」
「逃げる?! なんで?!」
「あれが普通の事故だと思ってますー?」
「違うの?!」
「
「ついでみたいにディスるのやめない?!」
「分かりましたー。次は正面切ってディスりますねー」
「ディスるのを止める気はないのかい!」
「私にとっては呼吸みたいなもんなので無理ですー」
走りつつそう言い合いつつ、ルリさんはカフェから程近い、車が入れないような狭い路地に駆け込んだ。
しかし、少し入った所でルリさんが突然立ち止まる。
私の手首を強く引っ張り路地の奥側に回り込ませると、日本刀を私の胸に押し付けてきた。
そして、路地の入り口側に向き直り、自分の左の腕を掴む。
「ちょうどいいからデモンストレーションですよー」
その言葉とともにルリさんが、自分の左腕を掴んでいた右手を浮かせる。
すると、その動きに合わせるかのように、彼女の左腕に小さな盾が生えてきた。
……生えてきた?! 盾が?! 生えない! 生えないよ!! 普通、人の腕から、盾は生えないよ!!!
「私たちが先程から言ってる『能力』とは、こうやってオブジェクトを
『
相変わらずのディスりを交えつつその盾を顔の前に掲げた。
すると、その盾を起点にして六角形の薄い半透明のプレートが積み重なった壁が展開される。
次の瞬間、飛んできた業務用ゴミ箱がその壁にバコンと激突して散った。
「──厨二病全開ー。
この『能力』は元来その人が生来持つ資質に合わせた性質のものが
今度は自転車が飛んできたが、ルリさんは喋りながらも半透明の壁で再度阻んだ。
自転車は跳ね返り、路地の地面に転がる。
「
私が継承した能力はコレですー。
最強の盾──イージス。
盾自体は小さいですが、盾の周囲に任意の範囲で強固なエネルギー障壁を展開させる事が出来ますよー。
あ、これ珍しく海外から日本に入ってきた能力なんですー。レアなんですよー」
ルリさんは、最後にははっと笑って薄い半透明の壁を消した。
「本来、資質持ちさんたちは自分が生来持つ能力を修行して
ルリさんは私を背に庇い説明をしながらも、ゴミ箱や自転車を投げてきた人物を睨みつけている。
ルリさんが睨みつけるその先には、あの筋肉ダルマがいた。
両腕に肘まである革製のようなグローブをはめ、そのグローブから蒸気を噴き出させている。
両拳を突き合わせ、そのぶっとい腕に筋肉と血管を浮き上がらせていた。
「しかし
自転車と一緒ですよー。持ってても乗り方を身体で覚えないと乗りこなせませんよねー」
「分かりやすい説明でとてもありがたいんだけど、
「えーでもー。私の引き継いだ能力、防御特化型なのでー」
「はァ?!」
「大丈夫ですよー」
ルリさんは、振り返って横顔で私にウインク一発。
「こういう時は、
そう微笑む彼女の向こう側で、筋肉ダルマがそのぶっとい腕を振り上げたのが見えた。
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