第8話 色々説明してくれてるようなんですが。(改稿版)

 特殊技能集団・源和げんわ協会


 それは『世界に調和を』をうたい、普通ではない事件などの解決や、同じく特殊技能を使う害意のある者たちから一般市民を、影ながら社会を守る人達の集まり。


「……で? そこには、こんな変態ばっか所属してるワケ?」

 アイスカフェモカをズズっとすすりながら、私は横に座ってヒトの横顔を焦げそうな程の熱視線で見つめる男──天雲アマクモ紫苑シオンを指差す。

紫苑シオンって呼んで」

 そんな事を呟きつつ、ソイツは指差した手を大きく骨張った手でフンワリ包んできたので、光速で振り払った。

「まっさかー! そんなワケないじゃないですかー。こんなのと一緒にしないで下さいよー。私は至って普通の庶民ですよー?」

 アイスソイラテキャラメルソーストッピングから口を離し、明るくあはははと笑うのは佐久間サクマルリさん。

 ……ホントに普通の庶民がこんな物言いするかなー?

「あのっ……確かにちょっと変わり者が多いのは事実ですが、僕たちは至って普通ですよ?!」

 そう言い繕って来たのは、アイスコーヒーを飲んでいた困り童顔の織部オリベツヨシさん。しかし

「普通の人間、手からいきなり何かを、生やしたりしない」

 そう返すと、ぐぅとうめいて口を閉ざした。


 ここは駅近くのカフェのテラス席。

 休日という事もあり、家族連れやカップル、遊びに出かける学生たち等、様々な人達がテラス席の横を楽しげに行き交っていた。

 秋口といえどまだまだ日差しは強く、今日のように晴れた日の日向ひなたは暑い。その為か、カフェの屋内は人が沢山いたが、テラス席には席が他にあるにも関わらず、私たち四人しか座っていなかった。


 支局長だという着物女性・朱鷺トキさんから簡単に概要を聞いた後、『美味しくて冷たいモノが飲みたーい』というルリさんのワガママを叶える為にここにいる。

 朱鷺トキさんは用事があるからとここには来なかった。

 暑いにも関わらずテラス席に陣取っているのは、私が喫煙者だから。屋内喫煙席は、空気がこもって服に臭いが付くから正直嫌い。

 だからテラス席にしたんだけど──こんな人通りも多い場所でおおっぴらにして良い話なのかと聞いてみたら『こんな話を信じるのは頭オカシイか不治の病にかかってる人だから、ある意味ヤバイけど大丈夫ですよー』と清々しい笑顔で返された。

 ちなみに、自分の意思で喫煙席にしてもらった。本来、他に人がいる時には禁煙席にするんだけど、今日だけは吸わずにいられる自信がなかった。

 現に貧乏ゆすりが止まらない。

 ……この三人も、朱鷺トキさんも完全に信用したワケではないのもある。

 いつでも逃げ出せるように──そんな下心もあった。

 左掌にある、火傷跡のような文様に違和感を感じてさするが、その掌にそっと天雲アマクモ紫苑シオンが自分の手を重ねて来ようとしたので、残像が残る勢いで手を引っ込めた。


「まぁ、例え普通の人が所属してたとしたって、変な団体には変わりないよね。第一何なん? 特殊技能って。こんなん使える人間がそうポコポコ居てたまるか」

 そう言いつつ、私は布に包まれてたくに立てかけられた日本刀に視線を落とす。

 手に持っていなくても、私からある一定距離内にあればのだと教えてもらった。

 この左掌に浮いた火傷のアトのような文様は、その能力の保持者である証だそうだ。

 ちなみに、時に猛烈に痛いのは、なんだとか。

 ……馴染まなくていい。

「それに、こんなのが私みたいな普通の人間に簡単に出し入れしたり使えたりしたら、それこそ簡単にニュースになっとるわ」

「そうでもないよアカネ。君がそうであったように、能力の資質を持った人間は実は多いんだ。大体、人口の一割ぐらいは資質持ちと言われているよ」

 そう、天雲アマクモ紫苑シオンが無駄に顔をキラキラさせて私の頬をチョンと突いて来たから、思いっきりその手を叩き落としてやった。

「……え? 十人に一人?」

「はい。資質を持ってたとしても、本人がソレに気づかない事も多いんですよ。力の強弱もありますし、大概は訓練をしないと特殊能力は使えるようになりません」

 案外その高い割合に驚いて聞き返すと、織部オリベさんがコクンと頷きつつ解説してくれた。

 そして、ソイラテをクルクル回しながらルリさんが続ける。

「だって、現にアカネさんも資質持ちだったのに、知らずに不惑ふわくにさしかかろうとしてたですよねー? 能力の自覚があって訓練した人たちや、それをサポートする人たちが頑張って、普通に生きる人達が知らずに生きられるなら知らないまま一生を全うしてもらう事が、組織の目的でもあるんですよー」

「……不惑ふわく情報は不要だったよね? まだだし。不惑ふわくちょい先だし」

「そうですかー?」

 そうだよ。こちとら微妙なお年頃やぞ。

 ルリさんに更にそう突っ込もうとして──ヤメた。

 話が進まなくなる予感が絶大だったから。

 それに、突っ込んだら倍返し食らうわ、絶対。

 咳払いをし、気を取り直す。

 そして、話を続けようとした。

「……まあいいや。つまりまぁそこそこいる、その特別な能力者たちの一人が、その……」


 蘇芳スオウさん──


 言葉が止まる。

 その名前を出すには、まだ抵抗があった。

 考えただけでも、ギリリと頭が締め付けられ背筋が寒くなる。

 それを察したのか、天雲アマクモが私の肩にそっと手を回──そうとしたので避けた。

アカネ。辛ければ俺の胸で泣いていいんだよ……?」

「ヤダよ! 泣かねェし! 泣いたとしてもお前の胸なんかゴメンだね!!」

 感傷的な気持ちが思いっきり吹き飛んだ。

 反射でツッコミ入れたけれど、少しだけ、本当に少しだけ、有難いという気持ちが天雲アマクモ紫苑シオンに対して生まれた。

「素直じゃないところも格別に可愛いよ。ゾクゾクする。……紫苑シオンって呼んで」

「嬉しかねェわ! 呼ばねェし!」

 早速気持ちが消し飛んだ。

 しかし、天雲アマクモ紫苑シオンの猛攻は止まらない。

 スッと私の方へと顔を寄せてくる。

「呼んでくれないと──」

 そう言うのが早いか行動の方が早いか。ヤツは突然私の肩をドンと押した。

 椅子に座っていたのでそのまま横に倒れそうになる──が、スルリと腰に手が回され受け止められた。

 驚くと同時に眼前に寄せられる天雲アマクモ紫苑シオンの整った顔。

 私の顔にヤツの前髪がハラリと落ちる。

「この場でハリウッドキスするよ。飛び切り濃厚なのを、ね」

 体の芯に響きそうな低く掠れた声。

 甘やかなその声に、背筋がゾクリとする──悪寒で。

「キモい」

 冷え切った心から、自分でも信じられないぐらい低くドスの効いた声が飛び出してきた。

 キョトン顔の天雲アマクモ紫苑シオン

 私の体勢を元に戻しポリポリと頭を掻いた。

 そして真顔で織部オリベさんへと向き直る。

織部オリベ、俺の顔って整ってるよな?」

 いきなり自分に話を振られて、織部オリベさんはちょっと飛び上がるほど驚いていた。

「え?! あ、はい。そうですね」

「芸能人にも引けを取らないよな?」

「……そ、そうですね」

「落ちない女はいないよな?」

「それはど──はい、そうですね……」

 途中から返答がしどろもどろになっとるわ。

「それ、先輩から後輩へのパワハラじゃね?」

 天雲アマクモ紫苑シオンから無事解放されてホッとしたけれど、一応助け舟を出してあげた。

 が。

「何言ってるんですかー。織部オリベくんの方がウチの支局では先輩ですよー。織部オリベくんの方が年は下ですけど、入ってきたのは天雲アマクモさんの方が後ですしー」

 最後のソイラテをズズズと吸っていたルリさんが、そうアハハと笑った。

「そうなの? ここの先輩後輩のパワーバランスおかしくない?」

天雲アマクモさんは誰にでもちょい上からなんですよー。最悪ですよねっ? でも、織部オリベくんも誰にでも下からいくヘタレだからバランスは取れてるんじゃないですかー?」

 ……相変わらず酷いな。どっちもディスらなきゃ気が済まないのかな……?


「まぁ組織のイカれ具合は置いとくとして。

 その能力? それってそもそも何なの?

 それに、さっき渡されたコレってどういうモノなの?」

 先程から全く進まない話を再度進ませようと気を取り直す。

 そして、さっき雑居ビル内で渡されて手首に装着していたモノを突き出して──

「百聞は一見にしかかず、ですよー」

 私の行動を言葉で遮った、ルリさんのホンワカ笑顔に違和感を覚える。

 その瞬間──


 視界の端に、こちらへと猪突猛進してくる車が見えた気がした。

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