第7話 イケメンに言い寄られてるんですが。(改稿版)

天雲アマクモさんて……」

 カスれた声で童顔スーツ──織部オリベさんがボソリと呟くが、二の句が継げない様子。


 継いだのは制服女子──ルリさんだった。

「わぁ! 天雲アマクモさんてヤバイ人だったんだー。 まぁそんな気はそこはかとなくしてましたけどねー。

 立ち振る舞いは胡散臭いし芝居掛かってるし、言葉遣いもなんか舞台じみてる感じしてたしー。バレバレでしたけど、でもまぁ頑張って隠してたんですねー。

 アカネさんと大して会話らしい会話もしてなかったのに、何をどう勘違いしたらそうなるんですかー? ははっ! ヤバいですねっ!」

 ……フンワリ酷い事をサラリと言うなァ……


 着物女性──朱鷺トキさんが、ズレた眼鏡の位置を直しつつ口を開く。

「ええと、山本ヤマモトさん……? アンタ、天雲アマクモと知り合いだったのかい?」

「いえ! 全く!!」

 若干被せ気味に答えた。

「じゃあ天雲アマクモ、アンタどうしちゃったんだい? 相手に……そんな精神汚染の能力者が?」

「いませんでしたよ。それに、俺は至って正気です」

「正気でコレって事はマジ危険人物って事ですねっ!」

「ルリ……ちょっと黙っておいで」

「はーい」

 ちょいちょいチャチャを入れていた制服女子・ルリさんを黙らせ、着物女性・朱鷺トキさんが再度眼鏡の位置を直す。

天雲アマクモ、アンタ今自分が何を言ってるのか本当に分かってるのかい?」

 改めてそう問いかけられ、天雲アマクモ紫苑シオンは至極まともで真っ当な誠実そのものといった顔をして返事をする。

「はい。恋に狂うとはこの事だと実感しています」

 言い放った内容は瞳孔開き気味でヤバかったけど。

 ホラ、さっき黙れって言われたルリさんが何かを言いたそうに口をモゾモゾさせてる!

 アレ絶対あらゆる罵詈雑言ばりぞうごんを溜めてる顔やぞ!!

 着物女性・朱鷺トキさんといえば、眉根を寄せて何とも言えない微妙ビミョーな顔をした。

「……まあ、人の嗜好は他人には理解し得ない事もあるし……また他人がとやかく言う事でもないけれど……」

 受容しちゃうんだコレ?!

 私が壁にへばりついて泣きそうな顔をしてるのをチラリと一瞥いちべつ

「……でも、一方通行な態度はいただけない。ちゃんと相手の同意があって事を進めるんだね」

 と、締めくくった。

 すると、ストライプスーツ──天雲アマクモ紫苑シオンは、ははっと軽く笑みをこぼし髪をかきあげる。

「そうですね。確かに少し性急すぎたかも知れません」

 あれが少しかよ。

「時間はあります。片時も離れず、ネッチリみっちりネットリ濃密な時間を共有し、お互いの気持ちをガップリヨツで縮めて行こうかと思います」

 言葉のチョイスがキモいわ。

「つきましては、彼女に、俺から、二人きりで、色々説明したいのですけ──」

「はい! 私は! この場で! 色々聞きたいなー!!」

 天雲アマクモ紫苑シオンが言い切る前に、完全にセリフを被せてそう主張した。二人きりになってたまるか恐ろしい。

 着物女性・朱鷺トキさんは目頭を強めに揉みほぐしつつ、童顔スーツ・織部オリベさんに目をやると

「この子は、例の子だろう? どこまで説明してるんだい?」

 若干厳しめの声でそう催促する。

 しかし、織部オリベさんは何やら困った顔で口を開いたものの、言いにくいのか言葉が出てこなかった。

 代わりに答えたのは制服女子・ルリさん。

「全然。全く。なーんにも。説明する前に天雲アマクモさんが刀抜いて詰め寄って気絶させてしまったんですもんー」

 まるで自分にはとがが一切ないかのようにあっけらと言い切る。

 その言葉に、朱鷺トキさんは更に深い皺を眉間に刻み、大きく深い溜息をついた。


 眼鏡の位置をまた正し、朱鷺トキさんは私を真っ直ぐに見つめる。

 その真剣さに、私はベッドに正座してたたずまいを正し、朱鷺トキさんに真っ直ぐ向き直った。

 それを待ち、朱鷺トキさんが口を開く。

「つい先日亡くなった蘇芳スオウは、ウチの会社の営業だったんだよ。

 家族はいなかったから……私たちが家族みたいなモンだった。特に、私は長い付き合いでね。この会社を立ち上げた時から一緒にやってきたんだよ」

 そう語りながら、彼女は眉根を寄せて沈痛な面持ちをした。

 家族。

 その言葉がズキリと私の心臓に刺さる。

「そして、この二人。織部オリベ天雲アマクモの……マスター──師匠だった」

 師匠? その単語に違和感を感じる。

 普通、上司・部下の関係でそのワードは使わないよね。それに……蘇芳スオウさんは営業で、織部オリベさんは開発なのに?

 天雲アマクモ紫苑シオンに至っては、違う会社の所属だとさっき言ってたし……

「マスターとは、特別な能力を代々引き継いできた者の事であり、後継者へと引き継いでいく特別な存在」

 なんか、途中から朱鷺トキさんから紡がれる言葉の意味が分からない。

 朱鷺トキさんは、何の事について話してるんだろうか?

蘇芳スオウは、伝説の妖刀、童子切どうじぎりの能力のマスターだったのさ。

 そして、この二人がその後継者候補──」

「あの、すみません。先程から何の話をしてますか? 」

 申し訳ないと思いつつも、このままでは一ミリも理解できないままどんどん話が進んでいってしまいそうだったので、話を遮らせてもらった。

 日本語なのに、私の知ってる言葉の意味と、朱鷺トキさんが話してる言葉の意味が違うような、変なズレがあるような違和感があった。

 某お笑いコンビのスレ違いネタのような感じだ。

 座りの悪い感覚に、私は膝に置いた手をモゾモゾとさせる。


 そんな私の言葉を聞き、朱鷺トキさんはそばに立つ天雲アマクモ紫苑シオンをチラリと一瞥して咳払いする。

 そして、至極真面目な顔をして、ゆっくりと口を開いた。

「私はこの会社の代表取締役の他に、もう一つの顔がある」

 そんな静かで深い、そして脳に直接響くような声で続ける。

「特殊技能集団・源和げんわ協会、東京支部、荒川区局、尾久支局の支局長だよ」


 ……トクシュギノウシュウダンゲンワキョウカイ……?


 なんだか聞き慣れるワケがない名前の羅列に、私の思考が一瞬停止した。

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