第6話 知らない会社に連れ込まれたんですが。(改稿版)

蘇芳スオウさん……」

 そんな自分の呟きで目が醒める。


 見知らぬ天井。

 自宅ではないタイル張りの天井が、ぼんやり開いた私の目に飛び込んできた。


「目が覚めたかい?」

 そんな柔らかで落ち着いた女性の声が聞こえる。

 私がゆるゆるとそちらへと視線を向けると、私が横になっているベッドの横に座る、妙齢の女性の姿が目に入った。

 ロマンスグレーの髪を後ろに束ね簪を刺し、チェーンがついたメガネをかけて、藍色の紗の着物を優雅に着こなしている。

 彼女がベッドに置いた手の辺りには──黒い刀身の日本刀が置かれていた。

「…………っ?!」

 私は途端に先程までの出来事を思い出し、日本刀を掴んでベッドから飛び起き彼女から距離を取る。

 ヘッドボードと壁に背中を押し付けて小さくなりつつ、日本刀を着物女性に向けた。

「誰?! ここは何処?!」

 震えが止まらない。日本刀がカチャカチャ小さく鳴っていた。

「……まるで怯えた子猫だね」

 着物女性は、突き出された日本刀に怯む事なくそう苦笑いを零した。

 そして、なんの迷いもなく日本刀の切っ先を、その繊細そうな指で挟むと

「怖がらなくていい。痛い思いをさせてしまって申し訳なかったね。私たちは敵じゃないよ」

 そう、優しげで柔らかな笑みを私へと向けてきた。


「わー。朱鷺トキさん、キツネリスを手懐ける時のナウシカみたいー」

 そんな、場違いなノホホンとした声が何処からともなく飛んできた。

 聞き覚えのあるその声に私は身体を硬直させる。

「……ルリ。余計な事言わない」

 着物女性は、ため息を漏らしつつ眉根を寄せて、飛んできた声をたしなめた。

 声の方へと視線を向けると、部屋の片隅に直立不動で整列させられた三人の姿が見えた。

 一人は声をかけてきた制服女子。

 その隣には顔を真っ青にして冷や汗を垂れ流す童顔男子。

 そして端には、私を穴のあくほどガン見してくるストライプスーツ男が居た。


「そのままでいい。まずは話を聞いておくれ」

 三人に視線を向けていた私に、着物女性がそっと声をかける。

「私の名前はハヤシ朱鷺トキ。あの三人の上司にあたる。

 そしてここ、株式会社システムクリエイトの代表取締役だよ。

 三人を迎えに寄越したのは私さ。まさか、こんな事になるとは思わなかった。本当に申し訳ない事をしたね。貴女を傷つけるつもりは毛頭なかったんだよ。

 結局、手荒な事をしてしまった事には変わりないけれど。もし恨むなら私を恨んでおくれ」

 そう静かな声で告げた。

 そんな真っ直ぐで真摯な言葉に、私の震えが止まった。日本刀をベッドに置く。

 すると、着物女性──ハヤシ朱鷺トキさんが優しく微笑んだ。

「……ほら、あんた達も」

 そう背中で着物女性・朱鷺トキさんに促され、直立不動だった三人がビクリと身体を震わせた。


佐久間サクマルリですー。ここで総務課兼セキュリティエンジニアしてますー。さっきは怖がらせちゃってゴメンねー」

 制服女子──佐久間サクマルリさんがペコリと頭を下げた。相変わらずノンビリとした口調で。……と、いうか。なんで制服着てるんだろう?

「あ、制服を着てるのは勤務中ですよって分かりやすく意思表示する為であり、自分の仕事スイッチをONにする為のものでもあるのでー。お気になさらずー」

 私の頭ん中でも覗いたのかと思えるぐらい的確な返答が来て……ちょっと怖くなった。


織部オリベツヨシです! 開発課でメインエンジニアやらせて頂いております! 先程は怖い思いをさせてしまい、本当に申し訳ありませんでしたっ!!」

 半ば叫びのようにそう言って腰を九十度に折ったのは童顔男子。

 しばらく腰を折ったまま頭をあげなかった。


 最後の一人はストライプスーツ男。無言のままこちらへとツカツカ歩いてきて、着物女性・朱鷺トキさんとは反対側のベッドサイドへと来る。

 そして胸にそっと手を当てて、無駄にキラキラした笑顔をこちらに向けてきた。

「俺は天雲アマクモ紫苑シオン紫苑シオンと呼んでくれ」

 ……漫画の主人公みたいな名前だな。下の名前でなんて絶対呼ばないけど。

「俺はこの会社所属ではないけれど、支局には所属している。

 ……キミの名は?」

 スッと差し出された手は取らなかった。取るわけもない。殴って気絶させたのはコイツだし!

 しかし、名乗られたら……名乗らないワケにもいかないか……

「……山本ヤマモトアカネです……」

 そう、小声でポツリと呟いた。

アカネ……美しい名前だね」

 何言ってんのコイツ?

「俺は、衝撃を受けたよ。キミのような女性がいるなんて」

 ……まぁ、思いっきり殴ったしね。その衝撃、物理だね。

「そう、それはまさに天啓」

 は?

「俺は気づいた。キミしかいない!」

 え、何が?!

「是非俺の花嫁になってくれ!」

「ハァ?!」

 何この人怖い!!

 恐怖で身を引こうとした私の手をすかさず掴み、自分の胸に押し付けるストライプスーツ男──天雲アマクモ紫苑シオン(もはやさん付けしたくねェ)。

「年収はそれほど高い方とは言えないけれど、まぁそこそこ貰っている。だから子供は二人でも三人でも問題ない! 育休も勿論もぎ取るさ! 二人で濃密なる子育てをしよう!! あ、その後無認可保育園に入れられるぐらいの稼ぎでもあるから大丈夫だよ!」

「突然何言ってんの?! 頭オカシイの?!」

 掴まれた手を音速で振り払った。

「……そうだね。キミを目の前にすると、正常な判断が出来なくなってしまうようだよ。ははっ。恥ずかしい」

「恥ずかしいで済まねェよ?! 今自分が何言ってるか分かってる?!」

「勿論。キミにプロポーズしてる」

「どうして?!」

「天啓──つまり、一目惚れさ」

「惚れる要素あった?!」

「恋心は、時として他人には理解してもらえないものだよ」

「イイ感じな事言ってるけど答えになってないからな!」

「え、いいのか。俺がキミにそそられる点を余す事なく全て羅列していっても! 喜んで!

 まずはそう、その官能的な唇だ。少し薄いが濡れた時のその柔らかさが俺の──」

「やめろキモい!!!」

 私はベッドから落ちんばかりに端に身を寄せ、助けを求めるかのように他のメンバーに視線を巡らせる。


 着物女性・朱鷺トキさんをはじめ、制服女子・ルリさんも童顔男子・織部オリベさんも──口をあんぐり開けて、驚愕の顔をして言葉を失っていた。

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