第5話 あの日の事なんですが。(元第4話改稿版)

 あの日のことを──思い出していた。


 その日は、システム障害対応地獄の十六連勤が終わった日、つい先日の事。


 だけど、正直細かいことはあんまり覚えてない。あまりの出来事に、脳味噌が──心が壊れてしまうことを防止する為に、思い出せないようにしたんだと、多分医者か警察官が言ってた。


 覚えているのは、グレーのスーツと黒い影がぶつかり合っていた事と──

 白い紐のようなものが足に絡みついて、転んでしまった事。


 そして、私に覆い被さりつつ、口から滂沱の如く血を吐き出した──あの人の顔。


 あの人に何かから庇われたのだとすぐに分かった。

 私を庇い、私の代わりに腹に大穴を開けたあの人。


 蘇芳スオウさん。


 その名前を知ったのは、彼が亡くなった後──病院の手術室前だった。

 彼の持っていた免許証に、そう名前があったそうだ。


 救急車は間に合わなかった。

 影がいつの間にか居なくなっていて、その場には私と蘇芳スオウさんだけ。

 駆けつけてくれた野次馬たちに救急車の手配をお願いし、私はひたすら右手で彼の腹に自分のジャケットを押し付け、左手で彼の手を握っていた。


「申し訳ないけれど……貴女に……お願いがあるんだ……」

 聞き取るのもやっとの掠れた声で、彼はそう呟く。


 そして──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る