すべては推しのために

テーブルの上には、おいしそうな焼き菓子やアップルティー。

そしてなぜか和菓子まである。


ジェラール様が魔法で出してくれたお茶とお菓子は、どれも日本を知る私たちにとってなじみあるものばかりだった。


「私たち、前世の記憶があるんです。日本という国で暮らしていた頃の……」


前世についてざっくりと説明すると、ジェラール様は「あぁなるほど」と言って懐かしそうに目を細める。


「1000年前にも、日本人がいた。ただし彼女は……アヤカは突然この世界へやってきたのだと言っていた」


「アヤカ?その子は転生者じゃなくて、転移者だったってことですか」


向こうで死んでこっちへ来た私たちと違い、アヤカという女性は突然この世界に召喚されたのだとジェラール様は話す。


ゲームでは、過去に聖女を失ったとだけあった。その聖女が日本人の転移者だったなんて描写はなく、私たちは驚きで目を瞠る。


「彼女はその清らかな心と美しい容姿から、皆に聖女と呼ばれて崇められた」


アヤカさんは、とても優しく賢い女性だったらしい。

ジェラール様たちヴァンパイアのことも怖がらず、人と同じように接してくれていたという。


「エレノアから聞いたが、今この国に魔法はほとんど存在しないのだろう?1000年前には普通の人間も皆、魔法を使って暮らしていた」


ジェラール様が言うには、1000年前の方が今よりずっと文明が発達していて、魔法のおかげで便利な暮らしができていたという。


「アヤカは、日本の知識で人々を幸せにしたいと言った。人もヴァンパイアも等しく仲良く生きられる時代を作りたいと」


ところが、それはあまりに壮大な夢だった。

ジェラール様が淋しげな顔つきになり、それは失敗したのだとわかる。


「世を変えるのは容易ではない。アヤカは正義感の強い女で、そういうところも含めて好ましかったが、それを利用しようとする者も多くてな……。異世界から来た聖女という立場は、悪しき者たちにも魅力的だったのだ。政権争いに巻き込まれ、結局、アヤカは夢半ばで心を病んでしまった」


「え……」


痛ましい話に、私もシル様も絶句する。

異世界から聖女として召喚、なんていう物語はハッピーエンドになるものだと思い込んでいたから……。


「アヤカは王子や騎士から想いを寄せられていたが、それが純粋な恋心なのかそれとも聖女としての彼女を利用しようとしているのかわからなくなったと嘆いていた。誰も自分のことなど見ていない、求められているのは聖女だけなのだと」


正義感が強かった分、人の汚い部分を見て疑心暗鬼になってしまったんだろうな。

かわいそうに、と私は同情する。


「しかも人間の政権争いだけではなく、人とヴァンパイアは互いに権利を譲り合うことはせず、何度となく争った。その結果、ヴァンパイアたちは遥か西へ移り住んだ。魔法の源になる”魔素”が、西の方に多くあるからな」


「そうだったんですか」


ということは、ヴァンパイアの種族が今も生きているってこと?

この世界にはまだまだ未知のものがありそうだ。


ジェラール様は、懐かしむように目を細めて話を続ける。


「私はアヤカに寄り添い、彼女が寿命を迎えるまで友としてそばにいた。そして、彼女が天へ召されてしばらくして私も眠りについた。ヴァンパイアは不死ではないが、人間よりははるかに寿命が長い。数千年は老いることもない。だから私は、彼女が再びこの世界に生まれ変わるのを信じてこうして待っているのだ」


ゲームでは、その「生まれ変わり」がヒロイン・エレノアだったわけだけれど……。

私とシル様が「???」となっているのを察し、ジェラール様は頷く。


「エレノアが私を目覚めさせたとき、もしやアヤカかと思ったが」


「あ、やっぱり違うんですか?」


私が尋ねると、彼はふっと笑って言った。


「アヤカはもっと聡明だ。魂の色も違う」


エレノア、残念な子!天然を通り越してちょっとぼけっとしてるから、そこで違うと確信されていた。


昔話を終えたジェラール様は、今度は私たちに質問する。


「そなたらは、前世の記憶とやらを使って何かしたのか?異世界の者がアヤカの二の舞になるのは、あまりに不憫だ」


私は、マティアスを死なせたくない一心でシナリオを変えたことを話す。

どうしても彼を生かしたかったのだ、と熱心に訴えかけた。


世のため人のため?そんなものは知らん!すべては推しのため!


私は私にできることを必死でやり遂げ、その結果マティアス様が生きてくれていて後悔なんてしていない。


シル様も自分の本心を包み隠さず話した。


「これからハルクライト様と恋に落ちて、結婚して子どもと孫に囲まれて暮らして、来世でも付き合う予定です」


「計画が超大作!」


そこまで考えていたの!?

シル様、おそるべし。


私はぎょっと目を見開く。


ところが、ジェラール様はクックッと笑って満足げな顔をした。


「そうか。そなたらが己の欲に忠実に生きていてうれしいぞ!」


そう言われると、胸中は複雑だ。

いや、合ってるけれど!100%自分のためだけれど!


「今私が目覚めたのは、何か理由があるかもしれんな。そなたらに会えたのも、何かの縁だ。アヤカがこの世界のどこかで生まれ変わっているかも、と思えてきた」


「ないとは言い切れませんね……」


アヤカさんの魂がエレノアに宿っていないなら、どこかにいるかもしれない。

私たちはジェラール様の言葉に妙な説得力を感じていた。


ここでシル様が「はっ!」と閃く。


「ジェラール様!ミッドランドへ来ませんか?わたくしの国は自由を愛する国ですから、出自を問われることはありません。ヴァンパイアであっても歓迎いたします。アヤカさんを探すのにぴったりだと思うのです!」


突然の提案に、ジェラール様は目を瞬かせる。


「そうか、アヤカがこの国にいるとは限らぬな。そのような気配もないし……他国へ出向いてみるのもいいかもしれんな」


まさかの前向き!

シル様はキラキラとした瞳で語り始める。


「運命の相手が生まれ変わるのを待っていたヴァンパイア王……!何て素敵な恋物語なの!」


「アヤカとは友人だが?」


「そこはこれから乞うご期待ってことで!」


「いや、友人……」


「今世では!どうなるかわかりませんよ!1000年も自分を待っていてくれたイケメンを見て、恋せずにいられます!?いられません!」


ダメだ。シル様が暴走している。ジェラール様が否定するのを遮って、無理やり恋愛トークに変換した。


私は苦笑いでストップをかける。


「シル様、落ち着いてください。ジェラール様とのことは、一度レオナルド様と話をしてからじゃないと……」


私もおとなになったものだ。

シル様のように興奮状態で突っ走らず、こうして冷静に判断できるようになったとは。


今のところ、ジェラール様はエレノアに恋していないわけだから、このままならマティアス様の死亡フラグに繋がることはない。


私たちは、とりあえずレオナルド様を待つことにした。

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