うちのヒロインに平穏は訪れない

マティアス様の実家であるオーガスト子爵邸。

ここを訪れるのは、結婚してから5回目だ。


この国では、貴族は基本的に両親と同居しない。家族の単位はあくまで「夫婦」であり、子は独立すると別に家を構えるのが一般的だ。


子は巣立つもの、という考え方らしいが……

義娘の私は、先週に引き続き、今週もここへ来ている。

それは、私とお義母様の間にはつよ~い絆が生まれてしまったから!


「よく来てくれたわね!フォルレット」


お義母様は、気合の入ったコスプレで私を迎えてくれた。

完全にタカ○ジェンヌ化(男役)したお義母様が!


長い髪は後ろで一つに結び、赤いリボンをつけている。

白を基調とした濃紺がアクセントの騎士服は、この世界でいう「レトロ衣装」である。


私はそのクオリティに目を瞠り、「素敵です!!」と歓喜に震える。

玄関で出迎えてくれたお義母様と、子爵邸のサロンへと向かう。


シアと護衛が、コミケ用の原稿や絵の道具などの大量の荷物を運んでくれて、サロンはあっという間に荷物だらけになった。


丸いテーブルについた私たちは、温かい紅茶をいただく。


「身体の調子はどう?もうつわりは収まったかしら?」


お義母様は、私のお腹に視線を向けつつそう尋ねる。


「はい!随分よくなりました。それにお義母様が書いてくださった小説を読んだら、男装騎士と王子様の恋にどっぷりはまって……!いっきに英気を養えましたわ!!」


私は両の拳を握り締め、熱く語る。

それを見たお義母様はにこりと笑って言った。


「喜んでもらえてよかったわ。私も生きがいが見つかって、本当に今、充実しているの」


ほうっと幸せのため息をつくお義母様。

それを見ていると、私もにこにこ顔になる。


「ただ……、理想の騎士に近づくには少し痩せないといけないわ。髪にももっとハリが欲しいし、立ち姿をより美しくするために改めて姿勢矯正の基礎トレーニングを取り入れたの」


「お義母様、ストイックですね!?」


推しと一体化を目指すお義母様は、健康と美容を意識しまくり、どんどん若返っている。


異世界でも、推しが与えてくれるエネルギーは莫大だった!


「今は新しい騎士服をデザイナーズサロンに注文していて、さらに楽しみが広がっているのよ」


「素敵です……!その行動力、その探求心、私もがんばります!」


尊敬のまなざしで見つめていると、お義母様ははっと何かを思い出した。


「そうだわ、あなたがもっと喜ぶことがあるの!」


パンと手を叩いてうれしそうにそう告げたお義母様。

何かな?と私が小首を傾げると、一人のメイドがからからと大きなカートを押しながら入ってくる。


このカートの中に何か入っているのか?

普通のティーセットが載っているだけに見えるけれど?


そう思っていると、そのメイドが突然話し出した。


「ちょっと、早く気づいてよ!」


「え?」


驚いて、視線をカートからメイドに移す。

するとそのメイドは、フリフリのメイド服を着てこそいるが、つい先日まで一緒に萌えを語っていた「親友」だった。


「シル様!?」


私はぎょっと目を見開き、声を上げる。


「国へ帰ったはずでは!?え、え、え、なんでマティアス様の実家ここにいるんですか!?」


一国の王女が、メイド服を着て、なぜオーガスト子爵邸に!?


唖然とする私に向かって、お義母様がうれしそうに説明する。


「ふふふ、驚いた?実は来週から、シルフェミスタ王女は我が国の騎士団を視察に入られるのよ。それで滞在先に、うちを選んでくださってね?フォルレットと仲がいいそうだから、ぜひにって了承したのよ」


「えええええ、視察ってそれはシル様?」


わかるわ。ジモティーだもの。

騎士団でハルトくんを視察するつもりね?


私はシル様を見て尋ねる。


「よく王様がお許しになりましたね?」


19歳の姫君を、隣国のしかも騎士団へ視察に向かわせるって……。


「ミッドランドは自由を愛する国よ!私がお願いしたら、お父様は『いっておいで』って快く送り出してくれたわ!」


「自由のレベルが違う。でもなぜメイド服?」


「コスプレよ!一度着てみたかったの~!」


きゃっきゃとはしゃぐシル様は、とても無邪気で愛らしく見える。

その実態は、私と同じく推しへの愛が異様なほどに凝縮したオタクなのに……!


「お義母様!私もコミケの打ち合わせにいれていただきたいわ!」


シル様は、すでにお義母様呼びだ。

これはもうハルトくんを外堀から埋めて、囲い込む気に違いない。


「では、これからコミケに向けて打ち合わせを始めましょう」


お義母様はコミケで発売する予定の企画をたくさん考えてくれていた。

私たちはテーブルの上に広げたそれを確認し、あれもいいこれもいいと話に花を咲かせる。


「コミケって、基本的にバザーが主軸であわよくば漫画や小説を広めようっていう場なのね。まぁ、まだ描く人が少ないから仕方ないか」


シル様は全体像をイメージし始める。


「そうなんです。絵がうまい若者を集めているんですが、挿絵の単体は描けても、漫画のコマ割りとかいう概念がないので、まだまだこれからっていう感じですね」


貴族の奥様が、画廊や画家を支援するのはよくあることだそうで、私がやっている「漫画家さんを育てよう!」の企画はその派生とも言える。


異世界での漫画文化革命は、まだ始まったばかりだ。


「ミッドランドには4コマ漫画みたいな風刺画はあるけれど、さすがに何十ページもある漫画は見たことがないわね」


「そうなんですね。うちの国も似たようなものですから、気長に進めましょう」


コミケでは、既に私が描き終わっている短い漫画やそのほかの小説を売ることになり、漫画は機械での印刷技術がないので、画家の卵に模写して複製してもらうことになっている。


シル様もお義母様も物語を考える側なので、二人が出してくれた企画案から新たに3作品の制作が決まった。


「ハルト様にも、騎士の挿絵を描いてもらうのはどうかしら?」


シル様がそう提案する。


「確かに、あの画力なら表紙絵も描けそうですね」


ただし、キャラに服は着せておかないといけないけれどね。

私はシル様の意見に賛同する。


「来週、騎士団へ行ったときに話をしてみるわ!」


「お願いします、シル様」


こうしてハルトくんも巻き込まれることが決定した。


私たちは満足げな顔で、お茶とお菓子をいただく。





ところがそのとき、玄関の方が騒がしくなる。


「誰かいらしたのかしら?」


お義母様が不思議そうにそう言って席を立つ。


「困ったわ、今日は来訪者がないからこんな姿で過ごしているのに」


うん、コスプレでお客様を迎えるのは、この国の文化にない。いや、日本にもないけれど

お義母様の困惑は理解できる。


お義母様が着替えて来客に対応しようか、という空気を放ったそのとき、

サロンの方へ数人が走ってくる足音が聞こえ始めた。


「もしかしてマティアス様かしら?」


いきなり入ってくるのは、息子以外にあり得ない。


「それともハルト様?」


シル様が期待に目を輝かせた。


バタバタと慌ただしい足音が近づいてくると、ノックもなくバンと扉が開いた。


「義姉上!ご無事ですか!?」


飛び込んできたのはハルトくんで、騎士の隊服姿だった。

その表情はかなり焦りが滲んでいる。


「ハルトくん?どうしたの?」


ご無事ですかって何?

私は立ち上がり、彼に尋ねた。


ハルトくんは私たちの姿を見ると、ホッと安堵した表情に変わる。


はぁ、と大きく息をついて言った。


「よかった……!ここにいた……!」


そんな彼を見て、お義母様も困惑した表情で尋ねた。


「一体何事ですか?あなたがここへ来るなんてめずらしいわね」


息を整えた後、ハルトくんは私を見つめ告げる。


「エレノア様が城内で突然いなくなりました。それで、義姉上の身にも何か起こっていないか確認しろとレオナルド様が」


「エレノアが!?」


あのドジっこヒロイン!一体今度は何に巻き込まれたの!?

私は眉根を寄せる。


「わ、私は無事よ!?ずっとここにいたから、エレノアのこととは関係ないと思うわ」


ニコイチみたいな扱いは異議申し立てたいところだが、レオナルド様の中ではエレノアに何かあれば私が絡んでいる、みたいなイメージがあるのかも。


「とにかく、義姉上の無事は確認できましたから、僕は城へ戻ります」


ハルトくんはそういうと、すぐに踵を返した。

私はそれを引き留める。


「ねぇ!詳しいことが知りたいから、私たちも行くわ!」


振り返ったハルト君は「私、たち?」と目を瞬かせた。


この時点でようやくシル様の存在に気づき、慌てて背筋を伸ばす。


「シルフェミスタ王女!?これは失礼いたしました!」


どうやら私と同じく、シル様のことは秘密にされていたらしい。

シル様は、突然再会してときめく感じに演出しようと思っていたのだろうな。


驚くハルトくんを見て、シル様は優雅に立ち上がり、そしてスカートの裾をちょっとつまんでカーテシーをする。


「お久しぶりですわ。ハルクライト様」


「……なぜメイドの姿で?」


ハルトくんが混乱している。

コスプレの概念がないので、メイド服を着ている王女を見て反応に困っているらしい。


いやいや、それよりお義母様の男装にもっと驚こうよ。

とも思うけれど、今はそんな場合じゃなかった。


私は二人の間に割って入り、早く城へ向かうよう促す。


「話は馬車の中で!今すぐ向かいましょう!」



お義母様には、私の持ってきた道具を私たちの家まで運んでもらうようお願いし、私はシル様とハルトくんと三人で城へと向かった。

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