ファンには二種類いる

「素敵ですー!マティアス様っ!!」


今日から、推しであり夫であるマティアス様は近衛騎士になる。ダークブラウンの詰襟制服が似合いすぎて、私は大興奮で彼に抱きつく。


マティアス様は、そんな私を見て苦笑いしている。少しぽっこりしたお腹を締め付けないよう、優しく抱き締めてくれた。


「あまりはしゃいでは、身体に負担がかからないか?」


「大丈夫です!むしろ萌えの補充によって元気です!」


「それはよかった」


まだ出勤には早い時間だけれど、夜は遅くなるので今のうちにマティアス様成分を堪能する私。彼は嫌な顔もせず、私の戯れに付き合ってくれた。


「抱きつきたいですが、抱きつくとお姿が見えません。これは切実な悩みです」


「これから毎日見られるのだから、その悩みは無用だと思うが……?そもそも必死で見る価値はないよ」


自己評価の低いマティアス様は、自分がいかに神々しいオーラを放っていてかっこいいか未だにわかっていない。いつまでも離れない私を見かねて、そっと身体を離すと唇に触れるだけのキスをくれた。


「つわりが収まったとはいえ、普通の身体じゃないんだから無茶なことはしないこと。出かけるなら、絶対に侍女と護衛を連れて行くんだ。いいね?」


「はい!もちろんです。あ、今日はお義母様と一緒に、ネームのチェックをするのでオーガスト子爵邸に行ってきます。夕食も一緒にって言われていて」


「そうか。それなら泊ってくるといい。母は、なんていうか……元気になったようだから」


マティアス様は、最近のお母様の変わりようについていけていないみたい。変化を見せつけられたら、戸惑うのも無理はなかった。


「父が困惑していたよ。その、母の化粧が」


「あ……」


お義母様の化粧が濃くなったと言いたいんですね。

はい、それはもう宝塚の箱推しで、あの世界観と一体化しているからです、ごめんなさい。私が沼に引きずり込みました。


「オタクって大きく分けると二種類いるんですよね。推しを愛でるタイプと、推しと一体化するタイプ。お義母様は一体化するタイプでして、ご自身が推しになりきってしまうんです。あのお化粧はそういうことなんです」


「一体化……?よくわからないが、母は外に出かけるタイプではないから、邸の中であのように化粧や衣装を楽しむ分には特には」


息子ですら困惑しているんだ。一緒に暮らしているお義父様は、さぞ混乱しているだろう。

マティアス様によると、「妻がおかしくなったのでは」とぽつりと漏らしていたらしい。


おかしいかおかしくないかでいうと、おかしいという自覚はある。私もお義母様も。自分が一番、世間と浮いているという自覚はある。だからこそ、外出時は一般人を装うのであり、趣味は邸の中だけにとどめている。


「お義父様に会ったら、私からそれとなくお話しておきます。人生に萌えは不可欠なんだって」


あれほど元気のなかったお義母様がやっと見つけた生きがいを、生真面目なお父様が受け入れられるかしら。ハルトくんの絵のことはうやむやになったけれど、未だに許してはいなさそうだし。


頑固おやじとオタクが相いれる日は来るのだろうか。


「私、お義母様の気持ちはわかるんです。やっと見つけた推しのために、人生を捧げたいっていう気持ちが……!箱推しは範囲が広い分エネルギーも時間もお金も使いますので大変ですが、他人に迷惑をかけないならお義母様のお好きなようにさせてあげたい」


そして何より、私自身がお義母様の作品の続きが読みたい。

嫁姑でタッグを組んで、この国に漫画文化を根付かせたい。


そう意気込んでいると、マティアス様はくすりと笑って言った。


「君に出会ってから、世界が変わった。私だけでなく、母やハルトも以前より楽しそうだ。フォルレットを妻にできたことは、人生で最良のことかもしれない」


「はぅっ……!!」


やばい。鼻血が出そう。

思わず手で口元を押さえて悶える私。マティアス様は私の興奮もよそに、頬や目元に口づける。


こ、こんなに幸せでいいのかしら……?

推しが生きていてくれて、夫になって、私を愛してくれているなんて……!!!!


「名残惜しいが、そろそろ行くよ」


「はい。いってらっしゃいませ」


抱きついて頭をぐりぐり押しつけたいところだけれど、それはまた明日に取っておこう。


かっこよすぎる推しの新制服姿を堪能し、玄関でお見送りして、私はオーガスト子爵邸へと向かった。



◆◆◆フォルレットさんからの解説◆◆◆

「箱推しとは、キャラだけでなく、作品そのものを推すことですよ!」

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